第37話

スカートの下の太もも、そのつけ根の近くに鋭角えいかくに走った茶色い傷。


そこを高遠の指がなぞると、薔子は嫌悪を浮かべて反射的に身を引いた。


二度目に見るその傷は、高遠の目がおかしくなければ、明らかに刺し傷だった。


「なあ。お前、誰?」


薔子の上に覆いかぶさった状態から身を離し、高遠は冷たい声で言った。


薔子しょうこっていうのも、どうせ偽名なんだろ。見ず知らずの、どこの誰とも分からないような男の家に転がり込んで、一体何がしたいわけ?」


――分かってる。どうせ、この女は答えない。


高遠は胸の奥で呟いた。


それでも問いかけてしまうのは、認めたくはないが、自分が少しずつこの女に興味を持ち始めているからなのだろう。


わざと嫌がることをして反応を窺うのも、きらびやかな仮面ではなく、それが剥がれ落ちたときの彼女の生の姿が見たいからだ。


関わりたくないと思っているのに、どこか放っておけないものを感じている。


薔子はしばらく黙っていたかと思うと、おあむけの状態から手を伸ばして高遠の頭を自分の胸元に引き寄せた。


そのまま母が幼子おさなごをあやすように、ゆっくりと優しく頭を撫でている。


胸が詰まるような薔薇の香りがした。


「……高遠は馬鹿だねー。そんなことも分かんないの?」


歌うような声が、細い指先が、甘やかな絶望を連れてくる。


「私がここにいるのは高遠が好きだから、一緒にいたいからに決まってるじゃん。

高遠は私の運命の人なんだから」


高遠は溜息をつくと、おもむろに薔子の胸元から顔を離した。


「……やっぱりお前、頭おかしいよ」


そう言うと、薔子はまるで褒め言葉をもらった子供のように、


「そうかも」


この上なく幸せそうに、笑った。















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