第66話

「すごーい。お姫様みたい」


鏡の自分にうっとり見とれ、薔子は目を輝かせている。


「元がかわいいから、どんな髪型しても似合うよね。ね、高遠?」


「はいはい」


自画自賛を適当に聞き流し、ドライヤーなどを片づけて洗面所に持っていこうとした高遠に、


「ありがと」


後から近づいて頬にキスすると、薔子はおもちゃみたいに小さな赤いハンドバッグを手にとった。


「行ってきまーす」


元気よく玄関を出て、遠ざかる靴音がリズミカルに響いていく。


なぜだかむなしくて、高遠は息をついた。


すると、ベッド脇に放り出された、薔子のボストンバッグが目に入った。


いつもならきちんと閉じられ鍵がかけてあるのだが、かけわすれたのか、バッグの口が無防備に開いている。


よほど急いでいたのだろう。


寝過ごしたと言っていたのも、昨日の晩あまり眠れなかったせいに違いない。


開きかけたボストンバッグの傍に腰をおろし、遠慮がちに手を伸ばす。


ほんの少しの隙間が、誘うようにこちらを見つめている。


中身を知れば、薔子の内部に踏み入る手がかりを得られるだろうか。


「……いやいや」


独り言を呟き、高遠は首を振った。


指先がボストンバッグに軽く触れ、それから顔ごと背けるようにして、高遠は自分の意識をそこから引きはがした。
















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