第79話

「門田さん。私、仕事を辞めたんです」


高遠が訝っていると、唐突に芽衣が口火を切った。


「ほう。それはまた突然だね」


門田は目を丸くし、興味津々といったそぶりで、


「どういう事情でそうなったのかな」


すると芽衣は救いを求めるような眼差しで、高遠を食い入るように見つめた。


――なるほど、そういうことか。


芽衣の意図するところがようやく飲み込めて、高遠は胸の中で呟いた。


つまり自分の口からは言いにくいことを代わりに説明する役として、高遠はここに引っ張り出されたというわけか。


高遠が自分の知っている範囲で手短に事情を話すと、門田は真剣に耳を傾けてくれ、最後まで聞き終えるとようやくコーヒーに口をつけた。


「そういうことだったんだね。ありがとう、小村君のおかげでよく分かったよ」


穏和な笑顔を向けられ、高遠は役に立ったという充実感でいっぱいになった。


「怒ってるんでしょう。軽率なことをしたって」


芽衣は下からすくうような目つきで言った。


「せっかく就職できた会社を一年ちょっとで辞めるなんて、根気がなさすぎる。女で学歴もなくて手に職もない、そんな人間に次のまともな就職先なんて見つかるわけない。そう思ってるんでしょう」


やけに卑屈な物言いに、高遠は声を和らげて言った。


「どうしたの、急に。先生、そんなこと何もおっしゃってないよ」


芽衣は迷子のような表情になって、目をうろうろさせた。


「ごめんなさい」


膝に置いた手が、所在なく揺れている。


門田はそんな芽衣の様子を、思慮深い瞳で見つめていた。


「確かに、働いてお金を稼ぐというのは大事なことだからね。生活をしっかり立てていくためにも、簡単に職を手放してはいけないと思うよ。ただ、仕事が原因で体を壊すようなことになっては本末転倒だというのも、よく分かっているつもりだよ」


芽衣が顔を上げ、ようやく門田と目が合った。


「よく頑張ってきたね。本当にお疲れさま」


心からそう言われ、芽衣は涙ぐんだ。


「……ありがとうございます」

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