第78話

約束の時間である午後三時より、五分ほど先んじて彼は喫茶店に現れた。


初老の、物腰の柔らかな紳士というのが第一印象だった。


紺色のスーツに焦げ茶色の帽子がよく似合っている。


理知的な面差しだが、決して冷たい雰囲気はなく、目にはかすかに茶目っ気が感じられる。


「初めまして。小村高遠と申します」


名刺を渡して挨拶すると、男性も名刺を取り出し、丁寧に頭を下げた。


「門田といいます。よろしくお願いいたします」


名刺には門田悟かどた・さとるという名前と弁護士という肩書、事務所の住所と電話番号、メールアドレスが記載されていた。


注文が終わると、先に口を開いたのは門田だった。


「芽衣ちゃん、久しぶりだね。元気にしてたかい」


高遠の隣に座った芽衣が、若干身じろぎをした。


「はい」


消え入りそうな小さい声で、目を伏せたままでいる。


門田はもう少し話をしようとしていたが、芽衣がかたくなに視線を合わせようとしないので、仕方なく高遠に水を向けた。


「小村君は美容師さんか。美容師さんって、やっぱりおしゃれで格好いいんだね」


「いえ、とんでもないです」


高遠はお世辞に恐縮しつつも、芽衣と門田の様子を観察していた。


飲み会での事件からほどなくして会社に辞表を出した芽衣は、現在は有休を消化しつつ月末の退職日を待っている状態である。


高遠とはちょくちょく電話やラインで連絡をとるようになっており、今後の相談も兼ねて会ってほしい人がいると言われ、休日を利用してこの会合が開かれることになったというわけだ。


親切そうな笑顔を浮かべる門田と、普段以上にもじもじとした様子の芽衣は、一体どういう関係にあるのだろう。


遠い親戚とか、そういう間柄なのだろうか。

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