第77話
一臣はじれったそうに言った。
「お前の面倒見のよさで救われてきた女の子は、いっぱいいると思うよ。今日のことだって、俺一人じゃどうにもならなかった。芽衣ちゃんをフットサルに誘ったのも、心のどこかでお前を当てにしてたんだ。俺だったら抱えきれないかもしれないけど、こいつになら何とかできるかもしれないって。事実そうなったしな。
……結局、俺だってお前のこと利用してるんだ」
「おいおい、どうした。暗いぞー」
高遠は笑って一臣の肩をたたいた。
「今日はいろいろあって疲れてるんだ。そんなときに、ぐちゃぐちゃ物を考えるなって」
行こうと言って立ち上がると、一臣が呼びかけてきた。
「高遠」
答える前に、高遠は足を止めていた。
かすかに顎を傾けて視線を上げる。
窓枠に切り取られた夜空に、薄い月が切なく佇んでいる。
「お前の言うとおりだよ。分かってるんだ。俺は結局、女の前でいい格好したいだけなんだって」
振り向かずに高遠は話し続けた。
「自分に生きてる価値があると思えないから、どう頑張っても思えないから。だから、せめて誰かを助けたいんだと思う。おふくろみたいに命がけで誰かの命を救うことはできなくても、せめて何かの形で助けになりたいって。
そしたら少しは、生き残った罪悪感もましになるんじゃないかって」
「高遠」
一臣は、今度は強い語調で言った。
「お前は間違ってる」
高遠は振り向いて微笑した。
「そうだな。こんなのただの自己満足だ」
「そんなことしたって、おふくろさんは喜ばないぞ」
高遠は有無を言わさぬ笑顔で会話を打ち切った。
「ありがとう、一臣」
そして心の奥底で呟く。
――分かってる。分かってるんだ。
助けられた命を無駄にしたくない。
それは母の願いでも何でもなく、自身のエゴにすぎないことを。
誰に責められたわけでも、命じられたわけでもない。
恐らく母はとっさに我が子をかばい、偶然が作用して高遠は生き残った。
一臣の言うとおり、そこに自責の念を覚えるのは間違っているのだろう。
――でも。
考えてしまうことは止められない。
起こってしまったことに何の責任もなくても、自分に向かって問い続けることをやめられない。
自分は、本当に生き延びてよかったのか?
自分を助けなければ、母は死なずにすんだのではないか。
自分は果たして、人一人の命と引き換えにしてまで、生き延びるべき価値のある人間なのか。
あの日以来ずっと、高遠は自分に問いかけ続けている。
その答えが出るときは来るのだろうか。
半ば期待しながらも、心のどこかでその日が来るのを恐れていることを、高遠は自覚していた。
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