第92話

「看護学校?」


仕事終わりの深夜零時ころ芽衣の住むアパートに足を向けた高遠は、小さな折り畳み式テーブルの上に広げられた入学案内の資料を見て声を上げた。


表紙には白衣を着た若い女性たちが五人、歯を見せて微笑みかけている。


「私、本当は大学行きたかったんです」


退職してから二週間ほどが経ち、芽衣は以前より瞳に力が加わっていた。


はっきりとした口調で言う。


「大学行って勉強して、お医者さんとか弁護士とか、そういう偉い人になりたかった。偉い人になれば、もう誰にも馬鹿にされないと思ったから」


芽衣が高校三年生のとき、門田弁護士は進路相談に乗ってくれたのだという。


大学に進みたければ、その費用はあるとも言ってくれた。


「でも私、施設を出たくて。出たくて出たくてたまらなくて。ひとり暮らしするのと、大学に行くの、両方叶えられるぐらいのお金はないだろうなって。あったとしても、そこで全部使っちゃったら、いつか自分が病気になったりして働けなくなったときに困るから。だから、施設を出て働くことに決めたんです」


「それで看護学校ね」


「そうなんです。今さらだけど、本当にやりたいことやってみようと思って」


芽衣ははにかんだ表情で言った。


「あのときは漠然とだったけど、今はもうちょっと具体的な夢があって。人の役に立ちたい、誰かを助ける仕事がしたいなって思ってるんです。前田さんや高遠さんみたいに」


高遠はしみじみと、


「俺はともかく、一臣は本当偉いと思うよ。いろんな人助けてるもんな。看護師の資格のことは詳しくないけど、あいつも医療系だしいい学校知ってるかも。今度、話聞いてみたら?」


「そうします」


芽衣は素直に言って、膝頭に手を揃えて頭を下げた。


「ありがとうございます。高遠さん」


「俺は何もしてないよ。それより、お金のことは大丈夫?」


「はい。調べたら、奨学金の制度があって」


パンフレットをめくりながら、芽衣は丁寧に説明をしてくれた。


高遠は目で文字を追いながら、彼女の計画に耳を傾けた。

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