第93話

「学費は奨学金を使って、生活費のほうは、この間先生から受け取ったお金を少しずつ切り崩せば何とかなると思います。今から試験の間までアルバイトしながら勉強して、受かったら来年の四月から三年間、学校に通って勉強できたらなって」


「そっか」


穏やかな表情で高遠は言い、遠い目で黙った。


「どうしたんですか、高遠さん」


「いや、何もないよ」


「私、何か気に障ること言いました?」


人の気持ちを敏感に察してしまうせいで、これまでも非常に苦労が多かったのだろう。


うろたえる芽衣を見て高遠は思った。そして言った。


「そうじゃないよ。ただ、もしお姉さんと一緒に暮らせば、看護学校のこともアルバイトのことも、もっと楽に運ぶんじゃないかなと思って」


芽衣の目許がかすかに強張った。


「生活が安定すると、気持ちも随分軽くなると思う。芽衣ちゃんはやっぱり心のどこかで自分は一人だ、自分がちゃんとしないと頼れる人がいないっていう思いがすごく強いように見えるから。俺も一臣も門田さんもいるし、いつでも頼ってほしいけど、やっぱり支えてくれる人は一人でも多いほうがいいでしょ」


高遠は言って、芽衣を見た。


彼女の表情には諦めと絶望感が濃く漂っている。


「お姉さん、芽衣ちゃんにお金を積み立ててくれてるんだろ。生活に困ったとき、お金が必要なときに使えるようにって。そんなふうに君を思ってくれている人なら、助けを求めれば力になってくれるんじゃないかな」


「高遠さん」


強い口調で芽衣は遮った。


「姉のことは忘れてくれませんか」


芽衣がこの話題を嫌い、姉の存在そのものを拒絶していることが全身から伝わってくる。


「この間は変なこと言ってすみませんでした。あれ全部、なかったことにしてください」


「でも、本当のことだろ」


高遠が言うと、芽衣の唇が引きつった。


「忘れるなんて無理だよ。あれから、ずっと気になってたんだから。『九年前、姉は私の父を殺した』って、あれはどういう意味?」


「言葉のままの意味です」


抑揚のない声で芽衣は言った。


高遠が問いかけようとする前に、


「姉に助けを求めたって無駄です。それは私が一番よく知っています。最後に会ったとき、もう会いに来るなって言われてますから。私は、あの人には二度と関わりません」


反逆の目つきで言い刺され、高遠はすごすごと退却せざるを得なかった。

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