第170話 ※薔子視点

『いや、お願い、やめて』


何度同じことを叫んだだろう。


絶対に聞き入れられないと分かっていても、懇願せずにはいられなかった。


この先に、死んだほうなましなぐらいの苦しみが待ち受けている。


男の背中が画面を横切ると、画面の中の芽衣と由衣は同時に悲鳴を上げた。


『お願い許して』


身をよじってもがく芽衣だが、紐か何かでベッドに縛りつけられているのか、体の位置を変えることはできない。


由衣が目をそむけた瞬間、男の声が聞こえた。


『動いちゃだめだよ』


泣きながら芽衣は許しを乞うている。


男の声は笑いながら、


『こんなので泣いてどうするの。まだレベル1なのに』


あまりにも変わっていない、その口調にぞっとした。


すすり泣きは号泣に変わり、芽衣は過呼吸気味になって震えている。


男はあやすような猫なで声で、


『お姉ちゃんはすごく我慢強かったよ。だから芽衣も、いい子だから我慢しようね』


そう言って、芽衣の口を拘束具で固定する。


これで口を閉じることはできず、流れる水が喉を塞いで胃を冷やし内臓を圧迫し続けるのだ。


息ができないで死ぬほど苦しいけれど、意識が飛ぶ前を見計らって暁が水を止める。


だから死んだほうがましなのに、決して死ねない。


気が狂うほどの恐怖と苦痛が何十分も何時間も――。


水が流れ出す。芽衣の顔が歪む。悲鳴も上げられずに残酷な儀式が始まる。


由衣は自分の持っていた鞄を、スクリーン目がけて思いきり投げつけた。


ぶつりと音を立てて映像は途切れ、代わりに照明が入って室内が明るくなる。


残虐な映画の上映会は唐突に終わり、とり残された観客は、いつの間にか入ってきた劇場支配人に向かって言った。


「芽衣を返して」


自分の声が震えていないことが不思議なくらいだった。


この状態だったら、いつ憤死しても発狂してもおかしくないのに。


暁は高級な衣服に身を包み、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくる。


「面白かっただろ?同じ姉妹でも、随分反応が違うね。由衣が泣き叫んだのは、後にも先にも一回きりだった。死なせてって僕に泣きながら頼んだね」


切れ長の深い瞳は懐かしい思い出に浸っている。

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