第169話 ※薔子視点
***薔子視点***
最初から、こうなることは決まっていたんだろうか。
それは昔から時折、心の空に浮かぶ問いかけの一つだった。
どんなに努力したところで結果が変わらないのなら、神様だとか創造主とやらに運命が定められているのだとしたら、流れに身を任せ、全てを委ねて生きるほうが楽だ。
生き方も死にざまも自分で決められないのなら、あがくだけ無意味。
自分のことはそれでもいい。
でも妹のことだけは、黙って指をくわえて見ているつもりはなかった。
芽衣の人生に振りかかる火の粉は払い落とす。害を及ぼすものは排除する。
たとえそのせいで他人が傷つこうと、誰かの決めたシナリオに沿っていなかろうと、無理やりにでもそうするつもりだった。
身辺を整理し、タクシーで麓の町に着いたのが昨日の真夜中。
今朝方、山荘に向かう前に来たメールには、芽衣の裸の写真が何枚も添付されていた。
――芽衣!
心臓が握りつぶされそうだった。
あのとき、どんなに嫌がられても芽衣のそばを離れるんじゃなかった。
説得して、いや、力ずくでも一緒にいるべきだったのだ。
写真から見るに、芽衣の体に外傷はない。
もしかしたら、本人の意思で暁についてきたのかもしれない。
だとしても、由衣は暁に自分の妹を渡すつもりはさらさらなかった。
地獄のような三年間を思うと、今でも胸が焼けつくように痛み出す。
逃げて逃げて逃げて――怯え隠れるようにして暮らしながらも、いつかまた見つけ出され、ここに連れ戻される日が来るのではないかと不安でたまらなかった。
暁の元から離れて以来、心から安らかに眠れた日など一度もない。
今、由衣は自らの意思でここに来て、自らの足で建物に入っていく。
自分のためには天地が引っくり返ってもできそうになかったことを、芽衣のためなら何のためらいもなくできる。
昔からそうだった。
芽衣はいつも、由衣に不可能を可能に変えるだけの力と勇気を与えてくれる。
玄関のインターフォンを鳴らすと、シャッターが開いて地下室への道が開いた。
一階からではなく、地下に入れという指示だ。
この建物は地下一階と地上二階からなる三階建てで、一階には広々としたリビングダイニングキッチンと寝室、浴室やトイレや洗面所がある。
二階には、ゲストルームも含めた居室が五つ。
そして地下は、大きなスクリーンのある防音室となっている。
由衣が防音室に入ると音もなく照明が消え、モニターが降りてきた。
画面がつくと、すぐに芽衣の姿が映し出される。
芽衣は両手を縛り上げられて全裸だった。
ベッドに横たわり、髪や顔や体はぐっしょりと濡れている。
由衣は口を手で覆った。
自分にも覚えがある。これは――。
虚ろな瞳が何かを捉えたのか、芽衣の表情が恐怖と驚愕に引きつる。
『いや』
画面には芽衣の姿しか映っていない。
だが、芽衣の目はカメラの先の何かに向かって固定されている。
青ざめた唇が震え、首を何度も振っている。
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