第168話

「どこにいるんだ。教えてくれ。頼むよ、一臣」


服の裾を引っ張って揺すぶるが、一臣は首を振った。


「知らない」


「嘘言うな」


「嘘じゃない。本当に知らないんだよ。彼女は俺に何も言わなかった」


一臣は高遠の目を見て言った。


「じゃあ、スマホの場所をGPSで追跡してくれ。あのときみたいに」


高遠が言うと、一臣は自分の鞄からスマホを取り出した。


由衣のものだった。


「預かってくれって頼まれた」


「何で……」


かすれた声で高遠は呟く。


答えは分かりすぎるほど分かっている。


今回は、由衣は本気だということだ。


脳裏に由衣の姿が蘇る。


初めて会った日の眠った顔、甘えるような笑顔、ふくれっ面に泣きべそかいた顔。


――どうしてこんなときに、こんなふうにあいつを思い出すんだ。


まるで――。


不吉な胸騒ぎがおさまらない。


思わずベッドから飛び出そうとした高遠を、一臣は容赦なく押さえつけた。


すぐにナースコールを押す。


「離せ!離せよ!!!」


暴れると、頭を一発、思いきり殴りつけられた。


「ちょっとは頭冷やせ!」


一臣は息を切らしていた。顔色もあまりよくない。


「彼女は、お前を巻き込むまいと決めたんだよ。今お前にできるのは、その気持ちを汲んでやることじゃないのか」


「勝手なこと言うな!お前に由衣の何が分かる」


高遠は激昂した。


「少なくとも、お前よりは理解してるつもりだよ。彼女が何を守りたかったかについてはな」


捨て台詞を残すと、一臣はやってきた看護師たちと入れかわるようにして病室を出ていった。


「一臣!この糞ったれ!!」


無我夢中で暴れる高遠の腕に、鎮静剤の太い注射が突き刺される。


「もし由衣に何かあったら、俺はお前を一生許さないからな!」


叫び声は大きく激しかったので、廊下に響き渡ったはずだった。


「小村さん、落ちついてください」


「暴れないで。ゆっくり息をして。深呼吸」


押さえつけられながら無力化していく自分が情けなく、高遠は子どものように泣いた。


――畜生……。


――いつもいつも、肝心なときに俺は、一番大切な人のそばにいられない。






















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