第167話

目を覚ましたとき、そこは真っ暗闇で、どこにいるのかはもちろん、今がいつで自分が誰なのかも分からなかった。


高遠が恐怖に悲鳴を上げなかったのは、勇気ではなく、全身を覆う倦怠感のせいだった。


全身ギプスで固定されたかのように体が動かせず、何をしても無駄だと悟ったので、潔くもう一度寝ることにしたのだ。


そして今度目を開けたら、そこにはきびきびと働く看護師の姿があった。


病院。事故。怪我。由衣。


短い単語が頭の中で明滅して、点と点を結んだ記憶が線になる。


医師がやってきて怪我や入院についての説明を聞くころには、高遠の気分も大分と落ちついていた。


気になったのは由衣のスマホにかけ続けているのに一度もつながらず、芽衣のスマホの応答もないことだ。


一臣については頼んでもないのにやってきて、さんざん怪我のことをからかいつつも、当座の生活に必要なものを持ってきてくれた。


「お前、金は大丈夫なの」


「金?」


「入院費とか治療費」


「ああ、まあ」


銀行の残高を思い浮かべ、手痛い出費に顔をしかめる。


「ひき逃げ相手が見つかったら、そいつからガッポリせしめてやる」


ふてぶてしく笑っていると、一臣は眉を寄せた。


「相手のこと、本当に心当たりないのか」


「あったらとっくに警察に言ってるよ」


路上の防犯カメラに車は映っていたが、映像が不鮮明で、運転している人物までは特定できなかったらしい。


車種やナンバーについては判明しており、現在捜索中だが、盗難車の可能性が高いとのことだった。


警察からの説明を高遠が思い出していると、


「そんじゃ俺、仕事に戻るわ」


お大事にと言って病室を出ていく一臣に、高遠は呼びかけた。


「ちょっと待った」


肩に鞄をひっかけ、首だけで一臣が振り返る。


「由衣、どこにいるか知ってる?連絡つかないんだけど」


「さあな」


不自然な淡泊さで会話を流す一臣に、高遠はベッドから降りて追いかけようとした。


途端に肩に激痛が走って、その場にうずくまる。


「おい、何やってんだよ」


慌てて一臣が駆け寄り、脇から手を入れて立ち上がらせる。


「怪我してんだから無茶なことするな」


「由衣はどこにいる」


高遠の鋭い声が空気を穿うがつ。


一臣は尻ごみするように目をそむけた。

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