第110話

朝食後、ようやく気分が落ちついてきた高遠は、門田弁護士に連絡をとることにした。


「現場はマスコミや警察でいっぱいで、とてもじゃないけど事情を知ってる人を捜すことなんて不可能です。ほかに薔子の行きそうな場所を知ってるのは、門田先生、あなたしかいません。どんな些細なことでも構いません。彼女の居場所に心当たりがあれば教えていただけませんか」


門田は電話の向こうで慎重に沈黙すると、


「残念だが、それは私にも分からない。由衣さんは、あまり私に個人的な事柄を話してくれなかったのでね」


「そうですか……」


沈み込む高遠だったが、門田は励ますように言った。


「ただ、それほど遠くに行ってはいないと思いますよ。由衣さんは恐らく東京都内か、少なくとも近郊にいることは間違いありません」


「どうして分かるんですか」


「彼女が常に、芽衣さんのいる場所から半径数キロ以内の場所に身を置くようにしているからです」


門田は確信に裏打ちされた口調で言った。


「はっきりと由衣さんがそう断言されたわけではありません。しかし彼女は、いつも芽衣さんの居住地や職場、通勤手段や通勤時間などを詳細に私に尋ね、自分は居場所を転々としながらも、必ずそこから離れないよう生活していました。毎月何度か面会をしますが、彼女が海外旅行へ行ったり、国内でも遠く離れた場所へ行ったという話は聞いたことがありません」


どうしてと問う愚を、高遠は犯さなかった。


聞かなくとも、答えは分かりきっている。


妹の身に何か異変が起こった場合、いつでも駆けつけることができるように――。


「教えてください」


気づけば、熱い思いが言葉となって迸り出ていた。


「薔子は……清瀬由衣は、どうして自分の父親を殺させたんですか」


門田はじれったいほど長い間を置いてから、こう言った。


「それは直接、本人に尋ねるしか方法はないだろうね」


「分かっています。でも俺は」


焦りと苛立ちが高遠の神経を尖らせる。


近づきたくとも薔子は決して、決して高遠にそうされることを望みもせず、許しもしないだろう。


今まで誰にも近寄らせず、内心に踏み入ることを拒絶してきた自分への、これはその罰なのだろうか。

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