第35話




深夜二時、チャイムもなしに鍵が回る音がして玄関ドアが開いたものだから、高遠は反射的にスマホに手を伸ばした。


「…………」


身を低くして息を殺し、相手が入ってくるなり飛びかかる。


不意打ちが功を奏したのか、相手は驚くほどあっけなくバランスを崩して床に倒れ込んだ。


その拍子ひょうしに、床にあったリモコンが作動して室内の照明がついた。


息を飲んで声も出ない高遠に、押し倒された状態で薔子はえへっと笑った。


「ただいま、高遠」


相変わらず、とんでもなく綺麗だ。


髪はどこかの美容院でセットしたのか、ゆるく巻いてサイドアップにまとめている。


目だけは冷静に観察しているのに、口から出てくるのは息とうめき声のようなものだけである。


酸素の欠乏した金魚状態で、高遠は自分の言語能力を呪った。


「びっくりした?合鍵つくっといたのー」


と言って、薔子は小指にひっかけたリングの先に、高遠の部屋の鍵をちらつかせた。


「……帰れ!」


奪い返そうとして伸ばした手をすり抜け、薔子は「きゃんっ」と声を上げて身をよじる。


鍵を胸元にするりと滑り込ませると、


「やっぱりここ、しばらく住まわせてもらおうかなーと思って。駄目?」


「駄目に決まってんだろ」


怒りのあまり、高遠は自分の全身がわなないていることを感じた。


ともかく落ちつかなければと立ち上がり、冷蔵庫まで歩いていってスポーツドリンクをがぶ飲みする。


その隙に、薔子は髪をほどいてベッドに寝転がっていた。

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