第34話 ※一臣視点

芽衣は小柄な体を折り曲げるようにして、押し潰されそうな鬱積うっせきに耐えている。


まつ毛の先が小さく震えていた。


「それで仕事辞めたいって思って、そのとき初めて気づいたんです。あの人は辞めなかったんじゃない、辞められなかったんだって。

仕事ができたり手に職あったりする人だったら転職もできただろうけど、うちみたいな小さい会社で使えないって言われてるような人が、今さらそんな年でちゃんとした会社に転職できるわけないですよね。うちぐらいしか入れるところがなかったから、辞めたら食べていけないから、だからしがみつくしかなかった。

私以外の全員、それをちゃんと分かってたんだなって」


「それでもその気になれば、どうとでもなったかもしれないよ。勇気を出して辞めてみれば、別の会社で自分に合う仕事が見つかったかもしれない」


一臣は言ったが、それは自分の考えではなく、単なる気休めだということに気づいていた。


「そうですね……でも、誰にでも勇気があるわけじゃないから」


芽衣は沈痛な面持ちで言うと、おもむろにベッドをおりた。


「聞いてくださって、ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げて顔を上げる。少し血の気が戻ってきているようだった。


「気をつけて帰ってね。無理しちゃだめだよ」


「はい。本当にありがとうございました」


去りゆく小さな背中を見つめていると、切ない思いが胸に迫り、一臣は目を細めた。


――誰にでも勇気があるわけじゃない……か。


癒しがたい傷や痛みを抱えながら、それでも走り続ける人間と、その場にうずくまってしまう人間と、傷や痛み自体から目を背けてしまう人間と。


どれが正しくてどれが間違っているのかは誰にも分からない。


脳裏に浮かんだのは高遠の顔だった。


今の話、高遠なら彼女に何と言葉をかけるだろうか。


優しいくせに残酷で、意地っぱりで生意気で不器用な、愛すべき臆病者。


苦しそうに歪んだ芽衣の表情が、なぜだろう、あの日の高遠と重なって仕方なかった。











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