第43話

「ねえねえ。今度江ノ島に新しい水族館ができるんだってー」


雑誌の特集ページを指差すと、薔子は声を弾ませた。


「一緒に行こ?」


「いいですね、楽しそうで」


濡れた髪に軽快にハサミを入れながら、高遠は社交辞令を述べた。


薔子の話し方は独特だ。


基本的に間延びしていて舌足らずで、よく言えばふんわりしており、悪く言うと馬鹿っぽい。


けれども声の調子に多彩な色をつけ、音に含まれる糖度とうどを自在に操ることができる。


普段は小さじ一杯の砂糖、甘えるときは胸やけするようなバケツ一杯の生クリーム、からかうときは甘酸っぱいレモネード、怒るときは辛味の利いたビターチョコ。


他愛のない話を続けながらも、薔子の視線が自分の手さばきに鋭く注がれていることを、高遠はよくわきまえていた。


話しかけすぎず放っておきすぎず、適度に相づちを打ちながら、正確さと速さと丁寧さを保って薔子の髪を整えていく。


仕上がりが満足であったことは、椅子から立ち上がった彼女の表情から見てとれた。


喜びに満ちた表情で、


「ありがとう。また来るね」


「お待ちしております」


高遠は素直に嬉しく、心が温まる思いだった。


目の前にいる薔子がこれまでと別人に見える。


髪を切って外見が変わったからではなく、自分の眼差しが変わったのだろう。

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