第42話
このままではらちが明かないと思い、高遠は小声で言った。
「怒ってねえから、さっさと希望を言ってくれ」
それを聞くなり、薔子は表情を一変させて、
「長さは変えないで、毛先を整える感じで。量多いから、ちょっとすいてもらったほうがいいかもー」
「分かりました。まとまりやすい感じで仕上げますね」
高遠はほっとして言った。
あとは決められた手順を踏んで、美容師として振る舞えばいい。
技量については、高遠はそれなりに自信を持っていた。
合鍵を作って舞い戻ってきてから二週間、薔子は何となく高遠の家に居ついている。
夕方に出かけて深夜に戻り、翌日の昼近くまで眠っているというのが一日のサイクルである。
高遠も仕事から帰るのが遅いため、顔を合わせるのは深夜の時間帯か、どちらかの休日ということが多かった。
いくら生活時間帯をずらしているとはいえ、1Kの狭いマンションで居心地がいいとは思えない。
だが、歯ブラシやコップといった細々したものを買いそろえ、たまに掃除や洗濯や料理をしているところを見ると、彼女はそれなりにこの奇妙な同居生活を楽しんでいるようだった。
ベージュの皮製の、鍵のかかるボストンバッグ一個。
それだけが彼女の荷物だった。
薔子が自分のいないときに部屋で何をしているのか、出かけるときはどこに出かけて何をしているのか、高遠は知らない。
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