第17話

「……何を」


かすれた声が尻すぼみになって消える。


その間も、開いた扉の向こうから、肉じゃがのおいしそうな香りが漂ってくる。


二つの意思が拮抗きっこうした無言の時間は、長い間破られることはなかった。

「ふうん、そうなんだ」


薔子は身をかがめると、床に座っている高遠の頬にキスをした。


「じゃ、私行くね」


エプロンを解いて、自分のものらしきボストンバッグを手にすると、


「ばいばい」


と言って、顔の横で小さく手を左右に振る。


笑っているようにも見えたし、泣き出しそうにも見えた。


「行くって、どこに」


玄関先で赤いパンプスを履く彼女に、思わず高遠は呼びかけていた。


「もう十一時だぞ」


「夜道に女の子の一人歩きなんて怖いよね。私かわいいし、襲われちゃうかもー」


肩越しに振り返り、薔子はいたずらっぽく笑った。


「泊めてくれる?」

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