第128話 ※薔子視点

母は事件のショックからか、直後に容体が悪化して帰らぬ人となった。


葬儀のことなどを取り仕切ってくれたのが、弁護士の門田悟かどた・さとるだった。


事件が収束するまで時間がかかりそうであることや、由衣と芽衣の二人で生活していくことは難しいこと、親戚や身寄りがないことを考慮し、児童養護施設に入るための準備や手続をしてくれたのも門田だった。


最大の誤算は、芽衣と同じ施設に入れなかったことだった。


由衣は当然そうなるものだと思い込んでいたのに、施設の定員の都合でと先方に説明されたときは目の前が真っ暗になった。


混乱する頭で職員の顔を見ると、向こうが穴があくほど自分を凝視していることに気づいた。まるで実験動物のように。


そうか。つまり、そういうことなのか。由衣は悟った。


安藤比呂が清瀬匠――由衣の父だ――を殺し、現在、少年審判を待つ身であることは世間に知れ渡っている。


そして比呂と由衣が同級生であったこと、それなりに親しくしていたことを現実と嵌め合わせれば、仮説を打ち立てるのは容易だ。


安藤比呂は清瀬由衣に依頼され、彼女の父親を殺したのだと。


男をたぶらかし、言いなりにさせて利用した不良少女と、何も知らない純真無垢な妹を一緒にしておけば、必ず悪影響を及ぼす。


大人たちにそう判断されたとしてもおかしくない。


由衣は門田に自分の推論を話し、どうにか同じ施設で引き取ってもらえるよう訴えたが、決定は変わらなかった。


由衣が退院すると芽衣は既に別の施設に引き取られており、居場所も連絡先も教えてもらうことができなかった。


由衣は施設の人間を憎み、門田を恨み、状況をどうすることもできない自分を嫌悪した。


入所した施設は古臭くて陰気なところで、働く職員も子供たちも薄汚い目をしていた。


明文化されたものも暗黙のものも含めて夥しい数のルールがあり、起床から就寝まで常に何かに制約されていた。


ルール?そんなもの守ったって、何にもならないのは分かってる。


半年もたたないうちに、由衣は施設を飛び出した。


そして当時の中学校の担任をしていた、四十代の男性教諭のもとに転がり込んだ。


男性教諭には妻子がいたが、妻とはほぼ別居状態で、娘は大学生でほとんど帰ってこないと知っていたからだ。


一応、中学は卒業したことにはなっているが、事件以来、由衣は学校には一度も足を運んでいない。


卒業後に結婚しようと男性教諭が言い出したので、従うふりをして財布をかっぱらい、さっさと次の居場所を探して町に飛び出した。


そこからは簡単だった。

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