第102話 ※芽衣視点

「お姉ちゃん、お願い。一緒に来て」


芽衣は必死の思いで手を差し出した。


「お父さんのこと、話がしたいの」


「ああー、あのくそおやじのことね」


潤んだルビーの唇から放たれた暴言に、芽衣は血の気が引いた。


「あんな奴、死んでせいせいしたわ。おかげでやっと自由になれたんだもん。殺してくれて本当ラッキー」


頭の中が真っ白になり、気づけば芽衣は姉に向かって手を上げていた。


頬をはたかれた姉に、ノブ君という男がいきり立つ。


「おい、てめえ。俺の女に手ぇ上げてんじゃねえぞ」


両手で突き飛ばされ、芽衣はアスファルトに倒れ込んだ。膝をすりむいて血が滲む。


「人殺し」


芽衣は低く唸った。


「あんたなんか死ねばいいんだ」


ノブ君が姉に向かって、


「なあ、薔子。こいつ殺していい?」


「ううん、放っといてー。それより、もう行こ?」


二人は肩を組んで指を絡め、これ以上は密着できないという体勢で歩いていく。


――ショウコ。


それが今の姉の名だと芽衣が気づいたそのとき、彼女は振り向いて微笑んだ。


「ねえ、芽衣」


芽衣はよろめきながら立ち上がる。すりむいた膝がじんじんと熱を持って疼いた。


「もう二度と、私の前にあらわれないで。私に関わらないで。分かった?」


答える間もなく、また、その気持ちもなかった。


芽衣は二人が歩き去っていく姿を、茫然と見つめていた。涙も出なかった。


――分かり合えると思っていた。


姉が男に頼んで父を殺させたのが事実でも、そこには何か深い事情があって、姉は今はきっと、そのことを悔いているのだと思っていた。


でも違う。姉は父の命を奪ったことを、一片たりとも悔いてなどいなかった。


そして今、自分はその姉に捨てられたのだ。


「……人殺し」


過去の追憶から戻った芽衣は、目の前にいる姉にもう一度、あのときと同じ言葉を投げつけていた。


「もう二度と私の前に、ううん、私と高遠さんの前に現れないで。私に関わらないで」


薔子を切り裂くような眼差しで睨みつけると、芽衣はその場を立ち去った。










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