第163話 ※芽衣視点
***芽衣視点***
ひっきりなしにスマホが騒ぎ立てているのは知っていた。
すっかり慣れた高級車の助手席で、画面に『前田一臣』の文字を見た芽衣は、通話を拒否するボタンを押してスマホを鞄に放り込んだ。
「出なくていいの?」
エンジンをかけながら、運転席で暁が問う。
「うん」
素っ気なく言うと、芽衣はシートに身を委ねて目を閉じた。
先ほどから急激に体が重く、眠くて仕方なかった。
姉と高遠のことで言い争った後、気落ちしている芽衣に、ドライブに行こうと誘ってくれたのは暁だった。
昼食を食べてから東京を出て高速に乗り、途中のインターチェンジでジュースを飲んでトイレ休憩をした。
乗り物酔いと無縁の芽衣にとっては快適な旅で、行き先も告げずに車を走らせる暁のことをすっかり信用しきっていた。
だからまさか、こんなことになるとは思わなかったのだ。
何度か目を開けたのだが、そのたびに異様な眠気に引きずり込まれて夢の中に逆戻りし、寝れば寝るほど体がだるくなってきた。
ようやく起きたときには、口の中はからからで頭ががんがんしていた。
車は暗い山道をライトをつけて走り、やがて山荘らしき場所に辿りついた。
外は真っ暗闇で、車の時計から今が午後八時過ぎらしいということが分かった。
言語中枢がうまく働かず、瞼が重くて頭がぼんやりする。
「ここ……?」
回らぬ舌で問いかけると、車をとめた暁が薄く微笑んだ。
「起きた?」
頷いて鞄の中を探ると、先ほどまで握り締めていたはずのスマホが消えている。
「おいで」
ガレージに降り立った暁に手を引かれ、芽衣は地下室のような場所から山荘に足を踏み入れた。
まだ思考はぼやけたままで、体がふらふらした。
「ここは?」
大きな広い部屋だった。
テーブルとソファーの置かれたリビングに、機能的なダイニングキッチン。
すぐそばにある、扉のない開放的なベッドルーム。
まるでホテルの一室のようで、埃一つなく清潔に保たれていた。
「座って」
と言われてソファーに腰かけると、暁はダイニングに立ってコーヒーを入れているようだった。
ほの暗い間接照明がついた部屋に、香ばしい薫りが立ちこめる。
滲んでいた思考の輪郭が徐々に戻り始めて、芽衣はもう一度鞄の中を探った。
やはりスマホがない。財布とポーチは入っているのに。
「あの、私のスマホ」
振り向いた途端、至近距離に見下ろす暁がいたので芽衣はぎょっとした。
暁は静かに芽衣の横に腰をおろし、芽衣にコーヒーを勧めた。
なのに自分は一口も飲まず、芽衣の様子をじっと見つめている。
まるで実験動物を見つめる研究者のような、無機質な瞳で。
――君は桐生暁に騙されているんだ。
頭の中に高遠の言葉が蘇る。
なぜだか冷や汗を感じて、芽衣は首を振った。
――そんなはずない。
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