第108話

電話して二コール目で、一臣は応答した。


『もしもし』


「一臣、俺だけど」


高遠が事情を説明すると、電話の向こうで嘆息する音がした。


『……そうか。行っちまったのか』


「これから俺、あいつを追いかけようと思う。それでお前に頼みたいことがあるんだけど」


『まあ落ちつけよ』


一臣は相変わらず、小憎らしいほど冷静だった。


『お前の気持ちも分かるけど、いつかはこうなるって分かってたことだろ。どういう事情があるのか知らないが、彼女は誘拐されたわけでも追い出されたわけでもなく、自分の意思でお前の部屋を出ていったんだ。

……なあ高遠、これで終わりにするってことはできないのか』


最後の言葉は水のように、高遠の心の奥深くまで沁み入った。


芽衣も一臣も、高遠を思っているからこそ止めているというのは分かる。


恐らく、引き返すとしたらこれが最後の機会だろう。


清瀬由衣きよせ・ゆいの背後には想像もつかないほどの巨大な闇が潜んでいる。


踏み入れば、取り返しのつかないことになるかもしれない。


それは高遠も承知していた。


「もう腹はくくったよ。あいつの行き先が地獄でも、つき合ってやる覚悟はできた」


それを聞いて一臣は、しばらくの間沈黙した。


やがて、


『……お前は本当に馬鹿だよ』


悲しい笑い声が聞こえてきて、高遠は「ごめんな」と呟いた。


『とめても無駄なんだな』


「ああ」


『だったら仕方ない』


一臣の声が明るいものへと切り替わる。


『お前に協力してやるよ』


そう言って、クラブ『幸』の名前と住所、電話番号を教えてくれた。


怪訝な顔をする高遠に、


『薔子さんが働いている職場だ』


「知ってたのか」


『以前、たまたま連れていってもらったんだよ。彼女、業界では有名なんだとさ。まだ働いてるかどうかは知らないけど、行けば手がかりくらいはつかめるだろ』


それと――と言って、一臣はもう一つの情報を授けてくれる。

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