第70話 ※芽衣視点
***芽衣視点***
暗闇の中で、泣きながらうずくまっている子供がいる。
ううん、誰かじゃない。泣いているのは自分だ。
「大丈夫。もう大丈夫だからね」
温かい腕と優しい声に包まれ、目を閉じる。
涙が頬を滑っていく。低く小さく、心臓の鼓動が伝わってくる。
「お母さん……」
小さな腕をめいいっぱい伸ばし、芽衣は母親にしがみつく。
怖いのか悲しいのか分からないけれど、涙が溢れてとまらなかった。
「大丈夫。もう大丈夫だからね」
と、もう一度母は繰り返す。真っ暗闇で、その顔は見ることができない。
「お母さん」
芽衣は泣きじゃくり、母の胸の中で何度も呼んだ。
「お母さん」
母の胸からにゅっと包丁が生えてきたのは、そのときだった。
同時に周りが真昼のように明るくなって、そこが自分の家だと知る。
背後から突き刺された包丁は母の胸を貫通し、芽衣の頬に傷をつけていた。
母の吐いた生ぬるい血を浴びて、芽衣はけたたましい悲鳴を上げた。
「あああああああああああ!!!!」
そこへかぶさる破滅的な笑い声。
それは鬼だった。
母を突き刺し、血だまりの中でもだえ苦しむ自分に向けて、鬼はけたけたと狂ったように哄笑していた。
必死で何か言おうとして胸を押さえる母の口から、再びごぼりと血が吐き出される。
食卓に垂れた血を、安っぽい蛍光灯の光が照らしている。
いや、と絶叫したつもりで目が覚めた。
左手がしっかりと握られている。握っているのは高遠だった。
目が合うと、高遠は頷いた。
「大丈夫だよ」
そこへ白衣を着た男性と看護師の女性が来て、芽衣は自分のいるところが病院であることを悟った。
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