第81話

「芽衣さんに、お姉さんがいらっしゃるんですか」


「はい」


門田は即答した。


思わず芽衣を見た高遠だったが、芽衣は姉という単語が呪文となってか、石のように硬直している。


うなだれたまま、こちらを見ようともしなかった。


「ということは、小村君は知らないのかな」


「ええ、まあ……」


頷きながら、高遠は疑問が胸の中で膨らんでいくのを感じていた。


――姉がいるんだったら、どうして一緒に住まないんだ?


それどころか芽衣は、今まで姉のことなど一言も言わなかった。


まるで、その存在を頭の中から消し去っているかのように。


一体なぜ?


「ところでね。失礼だけれども、小村君は芽衣さんと、どういったご関係なんだろうか」


門田はにこにこと笑みを絶やさず尋ねてくる。


高遠がどう答えるべきか言いあぐねていると、


「門田さん。両親が遺してくれた三百万円を当座の生活費用に充てたいと思っているので、定期預金を解約させてください」


直角的な口調で芽衣が口を入れた。


「では、そのように手続しましょう。芽衣さん自身にも銀行に足を運んでもらう必要があるけど、構わないね」


はい、と芽衣は頷き、手元にあるアイスティーを飲み干した。


プラタナスの並木道からこぼれる新緑の光が、ガラス越しに差してテーブルの上を踊っている。


門田は柔らかい声で言った。


「お姉さんとは、最近会っているのかな」


芽衣の肩がぴくりと強張る。


高遠は二人の間に流れる空気が、繊細で侵し難いものに変わってゆくのを感じていた。


しばらく返答を待っていたが、芽衣が沈黙を守り続けているため、門田はテーブルの上にやや身を乗り出すようにして、


「お姉さんは、いつも芽衣さんのことを思っておられるよ」


言い終える前に、芽衣は席を立った。

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