第150話

「あの子に、もう自分にかかわるなって言って遠ざけたんだろ。なのに陰ながら援助してる。芽衣ちゃんが両親の遺産だと思って相続した三百万だって、そう伝えてってお前が門田さんに言ったんだろ。本当は両親の遺産なんて一円も存在しなくて、その金もお前が貯めたものだって聞いたぞ。

そこまでしてやるのに、どうしてそばにいてやらないんだ?」


由衣は遠い目をして言った。


「あの子は何も知らないの」


高遠は頷き、目で先を促した。


「事件が起きたとき、まだ小学生だったし……家にいなかったから。それに昔から、時々記憶と空想の区別がつかなくなるところがあって。あの子の中では、お父さんもお母さんも、優しい普通の両親ってことになってるの。だから私が近くにいると、何かのはずみで本当の記憶が戻るかもしれないと思って。そうなるのが嫌だったの」


「本当の記憶?」


高遠は聞き返したが、由衣はそれ以上説明しなかった。


心の傷から自分を守るため、嘘の記憶で過去を塗り固めた。


だがそれは、不安定な砂上の楼閣だ。


不用意に近づいて壊れたら、芽衣の自我まで崩壊しかねない。


「嫌なことがあると、昔からよく記憶が飛ぶ子なの。それで全然違うことを言い出したりね。おかげであの子はほとんど何も覚えてないし、巻き込まれずにすんだから、普通の人生を歩んでほしいの。そのためには、私がいないほうが絶対いいから」


「そんなことないだろ」


高遠は諭した。


「芽衣ちゃんはお前を捜して、会いに行ったって言ってたぞ。お前と一緒にいたかったからだろ」


「うん。そうなんだけどね……」


由衣は声を詰まらせた。


瞼を閉じて立ち止まり、両手で顔を覆う。


「幸せになってほしいんだもん。だから、一緒にいないほうがいいんだよ。

私がいることで人生が不利になることはあっても、有利になることはないって分かってるから。どんな形にしろ、絶対に巻き込みたくない」


あの子には何の罪もないんだからと由衣は言った。

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