第149話 ※薔子視点

高遠のことを信頼している。


それなのに、なぜ、これほどまで頑なに語ることを阻むものがあるのだろう。


「前にさ、俺に言ったことあったよな。人のこと言える?って。全然自分のこと話さないじゃんって」


口を開いた高遠に、由衣は記憶を呼び戻していた。


「そんなこと言ったっけ?」


「言ったよ」


高遠は笑って、


「そのとき結構、ぐさっときたわけよ。確かに俺もお前に本当のこと話せっていうわりには、全然自分こと言わないし、言いたくないこと多いなって」


「……うん」


「母さんのことだって、本当、口にするの嫌でさ。できれば一生しゃべりたくないんだよ。たとえ事実であっても」


そうだね、と由衣は静かにうべなった。


「だから、今さらだけど、お前の気持ち分かるから。本当に傷ついたことって、そう簡単に口に出せるような種類のものじゃないから。それは相手が信用できるとかできないとか、そういう問題じゃなくて、自分の心の問題だから。今はそう思ってるよ。だから何も話せないんだったら、無理して話さなくていい」


由衣は首を振った。


「違うよ」


痛ましい笑顔に、高遠は目を細める。


「違うって何が」


「高遠は何も悪くないもん。人に迷惑かけたり、後ろ指さされるようなことして生きてないもん。私とは全然違うんだよ」


言いながら、由衣は自分の声が曇っていくのが分かった。


「私は……そうじゃないから。私が言えないのは、言ったら高遠に軽蔑されるから。嫌われるのが怖いから。思い出すだけで自分のこと今まで以上に軽蔑して、大嫌いになって、自分なんか死ねばいいのにって思っちゃうから。

ね。結局自分がかわいくて、自分のことしか考えてないんだよ」


高遠は何も言わなかった。


沈黙が一分、二人の思考は別の地平をたどっている。


「芽衣ちゃんは?」


その単語に、ぴくりと由衣の肩が動いた。

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