第148話 ※薔子視点
***薔子視点***
帰り道、二人は小さな神社に立ち寄った。
境内には人気がなく、蝉の声がぎざぎざに空気を縁取っている。
賽銭箱に小銭を放り込み、鈴を鳴らして柏手を打つと、二人は手を合わせて瞑目した。
高遠は自分が目を開けてからもずっと由衣が神妙な面持ちで祈り続けているので、彼女が顔を上げてから尋ねた。
「何を祈ってた?」
「内緒」
微笑んで由衣はくるっとその場で回り、両手を背中の後ろで組み合わせた。
――神様、どうかお願いします。
――芽衣を守って、幸せにしてください。
――私の分の幸福は、要らないから。
――もう、一生分もらったから。
――あとは全部、芽衣に。
「ねえ、さっきの話って本気?」
歩きながら由衣は尋ねる。
「結婚するとかどうとかって」
「本気だよ」
淡々と高遠は言った。
「まあ、今すぐってわけじゃないけどな。仕事も見つけなきゃならんし、芽衣ちゃんのこともあるし。お前だっていろいろ、片づけなきゃいけないことあるだろ」
――きちんと彼と話し合いなさい。今までのことも、これからのことも。
門田の言葉が脳裏に蘇り、由衣は切り出そうとした。
「高遠。あのね……」
言い出そうとしては口ごもり、視線をぎこちなく泳がせる。
何分もその繰り返しが続き、さすがにいらついたかなと思って見ると、高遠は微笑みながら由衣の頭に手を置いた。
「無理すんなよ」
吐き出そうとした泥のような言葉が、どうしても喉の奥に詰まって出てこない。
言えたらどんなに楽だろうと思うのに。
由衣は涙ぐみ、首をぶんぶんと左右に振った。
「違うの。えっとね……」
硬い栓がされた胸は、強固に過去を語ることを拒んでいる。
心は叫んでいるのに、口が動こうとすると無意識が制止する。
対極の力で猛烈な引っ張り合いが起こり、矛盾のさなかで由衣は苦しんでいた。
――どうして言えないの。
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