第147話

「結婚しようって言ってるのに無職って、我ながら筋が通らない話だってことは分かってます。ただ安定した収入って、美容師でいる限りはなかなか難しくて。そうなるまで待ってたら、俺も由衣さんも幸せになる時期を逃すことになるから。


夢物語みたいな話ですけど、俺、いつか自分の店を持ちたいと思ってるんです。ちゃんと生活していけるだけの収入を得て、由衣さんのことも養って、自分の夢叶えて、そういう未来をこれから創り上げていこうと思ってます。

まだ何の保証もありませんが、俺に由衣さんと結婚させてもらえませんか。お願いします」


高遠は頭を下げた。


「先生、私からもお願いします」


由衣が隣で言い、高遠の手を再び強く握る。


手のひらから体温と、指の柔らかさが伝わってくる。


「二人とも顔を上げて。ほら」


門田が再三促し、ようやく二人は顔を上げた。


体の血が全部頭に集まって、一瞬くらっとする。


由衣を見ると、いたずらが見つかった子供のような、ばつの悪い笑顔を浮かべている。


「高遠君、由衣さん。おめでとう」


門田は心からの笑顔で言祝ことほいだ。


「二人とも若いとはいえ、もう立派な大人だ。将来のことや自分たちのことを、よくよく考えてのことだと思う。君たちの決断を、私は心から祝福するよ」


「ありがとうございます」


高遠は立ち上がり、もう一度頭を下げた。


「ありがとうございます」


「本当におめでとう」


門田は高遠の手をとって握手し、由衣は門田に抱きついた。


「先生、ありがとう」


「幸せになるんだよ」


門田の目は潤んでいた。


「君ならきっとなれる」


二人が事務所を出ていくと、玄関先で門田は呼びとめた。


「由衣さん」


振り向いた由衣に、門田は声を低くして、


「高遠君はいい青年だ。きっとどんなことがあっても君を理解し、守ってくれる。だから、恐れずに心を打ち明けてみなさい。そうすれば、きっと信頼し合える関係を築けるだろう」


「はい」


由衣は素直に頷いた。


「まだ彼に、大切なことを話していないね」


「……はい」


うつむいた由衣の肩に手を置いて、


「辛いかもしれないけど、きちんと彼と話し合いなさい。今までのことも、これからのことも」


由衣は頷き、門田の目を見て言った。


「先生。今まで、本当にありがとうございました」


「やれやれ。娘を嫁にやる気分だね」


少し離れたところで、高遠は二人の会話を邪魔せぬように見守る。


門田は高遠に目配せすると、力強く頷いた。


「お行き。いつも君たちの幸福を願っているよ」
















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