第172話 ※薔子視点

「脱いで」


要求されて、「分かった」と由衣は素直に頷いた。


少しは抵抗したり恥じらったほうがいいのだろうかと思ったが、暁はすこぶる機嫌がいい。


何の疑いもなくこちらを見つめている。


芽衣という最強の切り札を手にし、ようやく自分の思いどおりに事を運ぶことができて、嬉しくてたまらないのだろう。


――可哀想な人。


由衣は静かに心の中で呟いた。


――今ここで、全部終わらせてあげる。


身につけていたドレスの肩紐を一つずつゆっくりと外し、じらすそぶりを見せて背中のファスナーをおろしながら由衣は暁に背を向ける。


暁は唇に笑みを刻んだまま、椅子に座ってその様子を眺めている。


あらわになった肌の、雪のような白さが目に焼きつく。


衣擦れの音を立てて、ドレスがゆっくりと床へ落ちる。


由衣がまとっているのはフリルとレースのあしらわれたベビードールで、尻から太腿の半ばあたりまで覆われている。


そして彼女がこちらに振り向いた瞬間、暁は強い衝撃を受けて椅子の後ろにのけぞり返っていた。


半瞬ほど遅れて、鈍い轟音が鼓膜を突き抜ける。


もう一度音がして、今度は転げ落ちるようにして椅子からおりた。


この時点でようやく、由衣が手にしているものが銃だと分かった。


小さな黒い鉄の凶器、その銃口は暁にぴたりと向けられている。


暁の太ももからは、噴水のように血が噴き出していた。


「あああああああああああああああ!!!!!!!!」


悲鳴にも満たない裏返った声を上げ、暁はその場で転げ回った。


「何もかも、あんたの思いどおりにいくと思ったら大間違いよ」


氷のような声が空から降ってきた。


暁は口から泡を飛ばして、わけの分からない言葉をわめき立てる。


「わひゃあ」とか「ぐひゅう」とか、そんなような発言を聞いて、由衣は銃口を彼のこめかみに押し当てた。


「芽衣はどこ」


「ごっ、きゅっ、びょっ」


由衣はこめかみから銃を離すと、暁の口にそれを押し込んだ。


「死ぬ前に最後のチャンスを与えてあげる。――芽衣はどこなの。答えなさい」


抵抗や虚偽を許さない冷徹な瞳に、暁は何度も何度も目で頷いた。


ようやく銃を口から引き抜かれると、


「二階、一番奥、部屋」


「鍵は」


無表情で由衣が手を伸ばす。


この男が、何の仕掛けもなく芽衣を監禁するはずがない。


自分が部屋を離れるときは、必ず部屋の鍵を閉めて、二重三重に自由を奪っているはずだ。


もたつく暁から鍵を奪うと、由衣は服も着ずに身一つで走り出した。


慎重で用心深い彼女の性質も、このときばかりは失われていた。


今考えられるのは芽衣の無事と、一刻も早く彼女を連れてここを出ること。


それだけだった。

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