第173話 ※薔子視点

カードキーを差し込むと緑色のランプがつき、あっけなく由衣はその部屋へと入室を許可された。


「芽衣!」


結束バンドで両手首を縛られ、ベッドの柵の部分に縄のようなもので固定された芽衣は、目元に黒いアイマスクをされていた。


裸の体中に水なのか体液なのか、とにかく液体がべっとりとついていた。


目隠しを外しても芽衣は茫然としていて、目は虚ろに澱んだまま焦点を結ばない。


頬を軽くたたくと顔をしかめるが、反応は極めて薄かった。


「芽衣。遅くなってごめんね」


ベッドの上によじのぼり、下着姿で由衣は妹を抱きしめた。


壊れ物を扱うようにそっと、丁寧に。


芽衣の体は冷えきっていて、抱いていると背筋にぞくぞくと震えがはしった。


由衣は部屋中を引っくり返してハサミの類を捜したが、刃物は全て暁が管理しているのか、何も見つからなかった。


舌打ちして、ともかく風呂場からバスタオルを持ってきて芽衣の体に巻きつける。


そのとき洗面所にあったカミソリを見つけて、小躍りしそうになった。


結束バンドをカミソリを使って辛抱強く擦り、両手の戒めを解こうとする。


その間も芽衣は茫然自失の状態のまま、されるがままになっていた。


「もう大丈夫だからね」


もどかしい思いでカミソリを使いながら、由衣は何度も妹にそう呼びかけた。


「大丈夫。もう大丈夫だから……」


芽衣の唇がかすかに動く。


「え、何?」


何か言葉を発したように思えたのだが、囁きは吐息に混じってかき消える。


果てしなく続く作業に由衣は焦燥感を覚えながら、芽衣の口元に耳を近づけた。


「こ……ろ……し……て……」


殺して。


目を見開いた由衣の全身に、戦慄が駆け抜ける。


「ごめん」


思わず状況も何もかも忘れ、由衣は芽衣を抱き締めて叫んだ。


「ごめんね、芽衣。ごめんなさい……」


どうして芽衣を一人にしたのだろう。


どんなに拒絶されても、そばにいなければならなかったのに。


危険から遠ざけようとして距離を置いたはずが、中途半端なことになって、結局、最悪の形で芽衣を巻き込んでしまった。


自分さえいなければ、芽衣はこんな酷い目に遭うこともなかったのだ。


張りつめていた糸がぷつりと切れ、もう何も考えることができず、由衣は妹の変わり果てた姿を抱いて号泣した。


後悔の念が押し寄せ、謝るたびに自責の念が毒となって血を巡る。


――もう二度と許してもらえない。これで本当に終わり。


――芽衣と私は、もう……。

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