第117話 ※薔子視点

***薔子視点***


東京駅八重洲北口、コインロッカー四十二番。


ずっしりとした茶色い紙袋を取り出すと、薔子はそれをすぐ自分のハンドバッグに押し込んだ。


切っていた携帯の電源を入れると、いきなり電話が鳴り響き、心臓が縮み上がった。


液晶画面には番号が並んでいるが、見覚えはないし登録もされていない。


――もしあの人だったら……。


息が上がって胸が苦しく、全身がわなないて止められない。


薔子は固く目をつむり、とにかく呼吸を整えようとした。


その間も、スマホはひっきりなしに耳障りな振動を伝えてくる。


通話拒否のボタンを押すと、ロッカーに背をつけてその場に座り込む。


冷や汗がじっとりと背中をぬらし、肌の表面は火照っているのに背筋が凍りつきそうに冷たい。


脊髄せきずいを不安が黒い液体となって這いのぼり、胸底がむかついて吐き気がした。


両手をこすり合わせるようにして、薔子は発作のような恐怖がおさまるのを待った。


――落ちつけ。落ちつけ。


頭の中で強制的に何度も再生される映像を、何度も削除ボタンを押して追い払う。


とにかく今は起こってしまったことより、次のことを考えなければいけない。


逃げ出すにしても、身を隠すにしても。


目の前には、新幹線に乗り込む人の群れが慌ただしく行きすぎていく。


――いっそのこと、東京を離れる?


切符売り場に伸びる列、電光掲示板に表記される時刻と行き先、それらを目でたどりながら、薔子は絶望を口の中で噛みしめていた。


――どこへ行けばいいのかなんて分からない。


今までただ闇雲に逃げてきた。成り行き任せのまま、流されるまま。


何も考えてこなかったが、今、回ってきている。


巻き込みたくないから遠ざけて、でも完全に失うのは嫌だから離れることができなくて。


「……芽衣」


かすかな囁き声は喧騒にかき消される。


――頼れる人なんて、私には誰もいない。









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