第84話
美容室『ノアズ・アーク』は定休日であったが、シャッターのおりた店内に入ると、研修に来ている美容師や、カットモデルの撮影などが行われていた。
「すいません、チーフ。いきなりわがまま言って」
芽衣を待合に残してフロアに入ると、高遠は指導に当たっていた三船に頭を下げた。
「後で罰金もらうから。あと、店長にも報告しとくし」
「え」
青ざめた高遠を見て三船は笑い出し、
「うそうそ。全然いいよ。もともと研究会で店開けとく予定だったし」
「邪魔にならないように、個室のほうで切ってもいいですか」
「いいけど、ちゃんと片づけといてね」
「ありがとうございます」
一礼すると、高遠は芽衣を呼んで店の奥の個室に入った。
シャンプー台とカット台が一つずつあるその部屋は、赤ちゃん連れやプライバシーを守りたい顧客のために用意された店内唯一の個室であった。
ドアから入って正面に小さな窓があるが、今は休日のためカーテンがかけられている。
「ありがとうございます。お休みなのに、無理言ってすみません」
最初は恐縮していた芽衣だったが、クリーム色の壁紙とレトロな緑の椅子、シャンプー台などを物珍しそうに見つめている。
「長さはどうする?今、肩ぐらいだけど」
芽衣を椅子に座らせると、毛先を軽く指ですくって高遠は言った。
表情も目つきも美容師モードに変わっており、はしゃぎ気味だった芽衣が軽く頬を赤らめる。
「実は、やってみたい髪型があって」
「どんなの?」
芽衣はスマホを取り出して画面を操作すると、カットモデルの画像を見せた。
明るいピンクブラウンの髪をボブカットにし、ゆるふわパーマを当てた、どこか羊を思わせるような髪型である。
高遠が長さや質感を確認するため、じっと画面に見入っていると、
「駄目ですかね。似合わないですか?私、丸顔だし」
「いや、いいんじゃない?かわいいと思うよ」
かわいいという単語は威力抜群だったのか、芽衣は耳まで赤くなってうつむいた。
「ただ、この髪色だと一度ブリーチして色抜かないと綺麗に入らないから、パーマと併用すると髪がすごく傷んじゃうっていうのがデメリットだね。髪色をもうちょっと抑え目にするか、パーマをやめておくかしたほうがいいかもしれない」
高遠がアドバイスすると、芽衣は真剣な顔で、
「じゃあ、この色じゃなくてもうちょっとナチュラルなカラーだったら、パーマも大丈夫ってことですか?」
「うん。例えばね」
と言って、高遠は二センチほどの毛束のサンプルがずらりと載った表を持ち出し、芽衣に見せて説明した。
「このあたりだと芽衣ちゃんのもともとの髪色とも馴染みやすいし、似合うと思うよ」
「じゃあ、それにします」
「了解。じゃ、まずシャンプーね」
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