第130話 ※薔子視点

「電車や学校で笑ってる奴見ると、何が楽しいのかなって本気で思う。こっちは毎日が退屈で退屈で気が狂いそうなのに」


「生きてる意味あるのかなって?」


「そんな感じ」


「じゃ、死んでみれば?」


薔子は辛辣に笑った。


すると男の目が光ったように見えて、思わず身を引く。


「冗談だよ。真に受けないでね」


そろそろ潮時かと思って席を立つと、


「待って。行かないで」


腕をとって子供のような表情で縋られる。


まだ二十歳そこそこなのに、男の目は手に負えないほど病んでいた。


由衣はそのことに気づいていた。


肌はやや浅黒く、鼻筋がすっと通っていて、一般的に端正と言える顔立ちだろう。


すごく落ちついているし、柔らかい声も魅惑的だ。


物静かで憂いを帯びた雰囲気と、母性本能をくすぐるようなところがある。


――だけど、目がおかしい。


施設を抜け出してから二年近く、さまざまなタイプの男に会ってきた中で磨かれた観察眼が、男の異常性をはっきりと伝えていた。


研ぎ澄まされた本能が、『関わり合いになるな』と告げている。


なのに、


「お願い」


その目。由衣は息を呑んだ。


途方に暮れた瞳。吹雪の中で凍えながら、来るはずのない助けを待つ者の瞳。


それは、芽衣が泣き出しそうなときにする瞳とそっくりだった。


断ればよかったのだ。


逃げることだってできた。少なくとも、そのときはまだ。


でも捕まってしまったのは、結局自分も寂しかったからだと、今となっては思う。


たとえろくでもないつながりだろうと、何もないよりはましだと思ってしまうくらい寒い場所にいた。


「じゃあ、これと同じの一杯おごって。その間だけ一緒にいてあげる」


由衣の提案に、暁はとろけるような微笑を浮かべた。


「嬉しいよ」


まさかその酒に睡眠薬が入っているとは知る由もなく、由衣はグラスに口づけた。

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