第61話

バックミラー越しにその姿を見つめながら、一臣は静かに言った。


「ありがとな」


「何が?」


とぼける高遠を、ハンドルから片手を外して肘で小突く。


「おい、運転運転。事故ったらシャレになんねえから」


「分かってるよ」


うっとうしそうに言いながらも、一臣の目は笑っている。


車は夜の街を滑るように進み、やがて赤信号で停止した。


「あの子さ」


高遠は慎重に切り出した。


「仕事でしんどいことがあるっていうのは分かったけど、それ以外に何かあるんじゃないのかな」


「俺もそれは今日、話聞いてて思った」


一臣は素早く返答した。


「ちょっと複雑そうな感じするな」


「気になるのは分かるけど、あんまりかわいがりすぎると美雪さんに怒られるぞ」


高遠が年上の彼女の名前を出すと、一臣は赤くなった。


「いや、そういうんじゃないんだ。俺はお前と違って、思わせぶりなことは一切やらないから」


「失敬な。俺がいつ、誰に思わせぶりをやったよ」


と、高遠は不服げに口を尖らせた。


「自覚がないから困るんだよな……」


溜息をつき、一臣は大げさに肩を落とす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る