第87話

うつむいていた顔を上げ、体の横で握り拳をつくると、


「私、やりたいこと考えてみます」


髪を切った彼女はふだんより華やかで、見た目に心が追いついていないのか、少し落ちつかなげだった。


「今までそんなこと、一度も考えたことなかったから。高遠さんのおかげで私、機会をいただいたんだと思ってます。これから自分の人生もう一度、一からやり直そうって。生まれ変わろうって。そのための力がほしいって、私、思うんです」


「うん」


高遠は頷いた。


「大丈夫だよ、芽衣ちゃんなら」


芽衣は嬉しいのかほっとしたのか、泣きそうな顔になった。


心配して近寄ろうとする高遠に慌てて手を振って、


「それじゃ、また今度。さようなら」


目元をぬぐって歩き出す。


高遠は「しょうがないな」と苦笑して、彼女の後を追った。


「やっぱり心配だから駅まで送るよ、せめて」


芽衣は驚いた顔で口をぱくぱくさせたが、高遠が「行こう」と人波を縫って先を行くので、慌ててその後を追う。


表参道の並木道、薄暗がりに街灯と店先の照明の光が淡く浮かんでいる。


夕方と夜が融け合うこの時間、独特の空気と匂いが高遠は好きだった。


この信号を越えれば駅というところで、赤信号を待ちながら芽衣は言った。


「高遠さん」


「ん?」


「さっきは、ありがとうございました。聞かないでくれて」


その言葉の意味するところを高遠は正確に察していたが、あえて返事はせず黙っていた。


やがて信号が青になり、人の塊がほぐれて一様に先へ進み出しても、二人はその場に立ち尽くしたままだった。


「姉は私を捨てたんです。……ううん、それだけじゃない」


胸の中の消えない氷が、芽衣の言葉を鋭く尖らせる。


傷はいまだに化膿したまま、過去と未来の狭間にブラックホールのように横たわっている。


手に負えないほどの深さと大きさで。


瑞々しい風が吹き、どこからか夜の香りを連れてくる。


次に顔を上げたとき、芽衣はおそろしく厳しい目で高遠の両目を射抜いていた。


「九年前、姉は、私の父を殺したんです」




















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