第86話

「何で、あんな嘘つくんですか」


少しばかりふくれっ面になった彼女が愛らしく、高遠は軽く笑った。


「いいのいいの。あの人、適当だから」


芽衣はまだ何か言いたそうだったが、高遠は表情を引き締めると、慎重かつ的確に芽衣の髪にハサミを入れていく。


そのとき、ふと何かが心にひっかかるのを感じた。


体育館で初めて芽衣と会ったときと、同じ感覚。


――俺はこの子を知っている。どこかで見たことがある。


一臣は芽衣が自分に似ていると言った。自分も今はそう思う。


けれども、それだけではない何かを、高遠は目の前の少女に感じてならないのだった。





カットとカラーとパーマが終了すると、辺りはもう夕闇に暮れなずんでいた。


「今日は本当にありがとうございました」


店を出たところで、芽衣は再び深々とお辞儀をした。


肩までのセミロングだった髪は、うなじのあたりまで切られ、ナチュラルな赤系のブラウンで艶感と透明感があり、さらに全体的に柔らかいパーマでボリュームを出している。


芽衣のつぶらな目と、小さな顔とあいまって、やはり羊のイメージである。


「すごい似合ってるよ。頑張った甲斐がありました」


おどけた調子で言うと、芽衣ははにかんで毛先をつまんでいじり、視線を斜め下に逸らした。


「送ってあげられなくてごめんね。店の人と少し話すことがあるからさ」


「高遠さん、怒られたりしませんか?」


おそるおそる言われ、高遠は胸を張って、


「いつもめっちゃ怒られてるから大丈夫」


「ごめんなさいごめんなさい。迷惑かけちゃって」


「嘘だって。本気にしすぎ」


額にデコピンをすると、芽衣はそこを押さえて涙目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る