第85話

シャンプー台で芽衣の髪を洗い乾かしているところへ、ドアがノックされて男性の美容師が入ってきた。


手には白いトレイの上にガラスのポットを乗せている。


「木下さん。どうしたんですか」


「いや、高遠がお客さん連れてきたっていうから、ご挨拶にね」


木下は興味津々といった様子で芽衣を見つめている。


もしかすると以前、薔子が店を訪れたときのことを噂で耳にしたのかもしれない。


高遠は思った。


「こんにちは。お休みの日にすみません」


芽衣が礼儀正しく言うと、木下は客商売特有の愛嬌で、


「いえいえ、とんでもない。こちらハーブティーになりますので、よかったらどうぞ。ゆっくりしていってくださいね」


木下は高遠より二つか三つ上で、アシンメトリーの髪型やお洒落な髭の生やし方をした男であり、今日はシャツの上に灰色のベスト、ハンチングをかぶっている。


顔立ちはよく怖いと言われるが、愛想がよく腕もいいため客からは指名が多かった。


「ありがとうございます」


緊張気味に答える芽衣の初々しい様子を見て、木下は高遠を小突いた。


「いつの間に、こんなかわいい彼女つくったんだよ」


「彼女じゃありませんよ」


鏡の中で高速で首を振っている芽衣を見やり、高遠は苦笑して言った。


「この子は俺の妹です」


「違います!」


芽衣は顔を真っ赤にして否定したが、木下は高遠の発言に乗っかって、


「妹か。うわー、いいな。こんな妹、俺も欲しいわ」


「でしょう?」


高遠がにやりと笑うと、木下は肩を軽くたたいて部屋を出ていった。

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