第56話

――どっかで見たような気がするんだよな……。


名前も聞いたことがないし、年齢的にも地元や職場にも接点がないのに、なぜだか彼女の姿を見ると、記憶の隅にひっかかりを覚えてならない。


少しでも正体を突き止めようと、躍起やっきになって見つめてしまう。


小柄で痩せていて体の凹凸が少なく、一臣の整体師的な視線で見ると『骨と皮だけ』という体つきだ。


この小さな体のどこから、あれだけの瞬発力やバネが生じるのか不思議なぐらいだ。


Tシャツの襟元からのぞく、浮き出た鎖骨が痛々しい。


黙ってまじまじと凝視していたせいか、芽衣がやや怯えた表情になったのに気づいて、高遠は慌てて手を振った。


「ごめん。ちょっとぼうっとしてた」


芽衣は安心したように目元を和らげ、間をもたせようとしてかタオルで首筋や顔の汗を拭い始めた。


前髪が散って、額の生え際にうっすらと傷が見えた。


高遠の表情で芽衣は気づいたようだった。


ぎこちない仕草で前髪をかき集めて傷を隠す。


「小さいころに階段から落ちたときの傷なんです」


そうなんだ、と高遠は間の抜けた相づちを打つことしかできなかった。


二人分の沈黙が、不自然な形で固体化していく。


視線を逸らし、意味もなく咳払いをしてみたところで、気まずい空気は一向に緩和されない。


芽衣は立ち去りたがっているようだったが、休憩時間のため、コートに戻るわけにもいかない。


この場を離れる口実を探し求めて、目がうろうろとさまよっている。


「あのさ」


何を話したらいいか分からない。けれども、この子が何なのか俺は知る必要がある。


そんな思いが高遠を突き動かしていた。


顔を上げて「はい?」と聞き返した芽衣に、唐突に告げる。


「ラーメン行かない?」













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る