第125話 ※薔子視点
そのとき、まさか開いていた玄関から家に入り、息を潜めて事の一部始終を見聞きしていた人物がいたとは、気づかなかったし気づきようもなかった。
それが二つ目だった。
翌日、学校を休んだ由衣のもとに安藤比呂がやってきた。
父親は出かけていて不在だった。
「俺、親に言ってみるよ。それと警察も」
目撃者となった比呂に、由衣は痛みをこらえながら怒鳴った。
「余計なことしないで。いいから出てって!」
「よくない。俺たち彼氏彼女だろ」
高級レストランに入ったらお子様ランチを出されたような気分で、由衣は笑い転げた。
この現状と、彼氏彼女というおままごとのような単語が、あまりにもそぐわなかった。
「つき合ってたっけ?そんなつもりないけど。どうでもいいわ」
比呂は由衣の手を取った。
「俺の家に来いよ。一緒に住もう」
「芽衣とお母さんも一緒に?」
問い返すと比呂は言葉に詰まる。
「ね?できないでしょ。あんたには何もできないんだよ」
由衣は投げやりに言った。
「だから、もう放っといて」
「放っとけない」
「じゃあどうするの?警察に言って、お父さんを逮捕してもらう?
言っとくけど証拠はないし、お父さんは絶対認めないよ。
それに、そんなことしたって一円のお金にもならない。私が笑い者になって、お母さんや芽衣に迷惑がかかるだけ」
早口でまくし立てられて、比呂は気圧されたように口をつぐむ。
由衣は台所のシンクで水を流し、手や腕や頭まで突っ込んで洗い始めた。
血液までどす黒く汚れ、心が膿んでいくのが止められない。
声をかけることもできず、かといって立ち去りにくく、突っ立ったままの比呂に、
「もう帰って。二度と来ないで」
由衣が言い捨てた言葉は、確かに助け舟だった。
それを聞いて比呂は、ほっとしたような顔をして出ていったのだから。
誰もいなくなった室内、カビの生えた畳の匂いを嗅ぎながら、由衣は小さく体を丸めて床にうずくまる。
もう死んだっていい、生きていたって何もいいことないんだから。
心が呟き、凍った涙が頬を流れ落ちた。
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