第112話

九年前、清瀬由衣の父親を殺害した少年は十四歳だったため、家庭裁判所での審判を受け、児童自立支援施設に送致が決定した。


そこで三年間過ごした後出所した彼は、現在は左官の仕事に就いているという。


埼玉県の郊外、駅から徒歩二十分ほどのアパートに彼は住んでいた。


門田弁護士に住所と電話番号を教えられて、飛び出すように訪れてはみたものの、急な来訪がどう受けとめられるかという不安があった。


表札に安藤と書かれていることを確認してから、高遠は注意深くインターフォンを押した。


やや間があって『はい』という声がする。


「お電話させていただいた小村です」


しばらくして建てつけの悪そうな扉が開き、中から髪のぼさぼさした青年が現れた。


今まで眠っていたということが明らかなスウェット姿に、頬から口許にかけて無精ひげが生えている。


「お休みのところすみません」


思わず謝ると、意外にも彼は気弱な笑みを見せた。


「いえ、とんでもない。汚いところですけど上がってください」


外観は古びているが部屋の中は意外と広く、よく整えられていた。


スリッパに履きかえてリビングダイニングに通され、大きいテーブルの前に置かれた椅子に腰かける。


テレビとソファー、ベランダに干された洗濯物、襖で隔てられた隣の部屋は寝室だろうか。


家庭の匂いがし、家族と一緒に暮らしているということが見てとれた。


「どうぞ」


と言われて麦茶を出され、「あ、どうも」と高遠は頭を下げた。


蝉の声がやけにうるさく、うだるような暑さに雲が燃えている。


正対して座った青年は、どちらかというと小柄で眉が下がり気味、細い目をした優しい面差しをしている。


とても人を殺した人間だとは思えない。


高遠は狐につままれたような気分だった。

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