第114話

「由衣さんに頼まれたって聞きました」


「いや、頼まれたわけじゃないですよ。頼まれてはいないです」


即座に否定されたので、高遠は行く手を遮られた格好になった。


代わりに舵を切ったのは比呂だった。


「俺が自分で決めて、自分でやったんです。あいつを助けてやりたかったから」


思いがけない話の展開に、高遠は眉を寄せた。


「どういうことですか」


比呂は答えず、高遠の目を見つめ返す。


門田弁護士は事件について多くを語らなかった。


相澤薔子が清瀬由衣であり、彼女の父を同級生が殺したという事実を高遠に教えてくれただけだった。


しかし芽衣の話と今の比呂の話を聞いていると、どうも大きく食い違っているような気がする。


事実を歪めているのは一体誰なのか。


「お察しのとおり、俺は由衣が好きでした。由衣も多分、俺のことが好きだったと思います。だから、由衣が望むことは何でもしてやりたかった」


過去を語る比呂の目は穏やかで、そこには恨みも憎しみもない。


その代わり罪悪感や後悔の念も感じられない。


人一人の命を奪ったにしては、やけに清々しく澄んでいる。


高遠は初めて、目の前の青年に恐怖を覚えた。


やはり彼はどこかおかしい。倫理観や道徳観念が壊れている。


「本当は全部が終わったら、真っ先にあいつに会いに行くつもりだったんです。でも離れてる間に冷静になってよく考えたら、あいつのこと信じられなくなって。


俺は手を汚して罪を背負ったけど、あいつは家裁に呼び出されてちょっと話しただけで、あっさり無罪放免ってことになって。終わってみたら結局、ババ引いたの俺だけだなって。利用されてただけなのかもしれないって思いました。


施設に入ってから何回も手紙送ったけど、返事は一度もなかった。そのうち姿くらましたって聞いて、ああ、もう俺とは会うつもりないんだなって。それにどのみち接近禁止命令も出てたし、時間が経つにつれて、どんどん足が鈍っていって」


高遠は唇を開きかけたが、言葉にはならなかった。

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