第165話 ※芽衣視点

「飲んで」


しばらくして、ぽつりと暁は言った。無表情だった。


コーヒーのことを指しているのは分かっていたが、もう芽衣は答えることも、カップを持ち上げることすらできなかった。


恐怖が全身を締め上げ、金縛りのように身動きをとれなくしている。


指一本動かせず、声を上げることもできない。


黙ったままうつむいていると、暁は奇妙に感情の削ぎ落された顔でカップを手にとり、芽衣の鼻をつまんだ。


驚いて息ができず、思わず唇を開けた瞬間、苦い液体が流れ込んでくる。


時間がたっていたので熱くはなかったけれど、気管に入って苦しく、芽衣は盛大にむせ込んだ。


手足が痺れて力が入らない。


抵抗する間もなく抱き上げられて、耳元で囁かれた。


「しばらくは二人きりだから」


どういう意味と問いたかったが言葉にならず、代わりに連れていかれたのはバスルームだった。


「スマホ」


手足が自由にならないので、代わりに必死で口を動かした。


「私のスマホ、返して」


「捨てたよ」


あっさりと暁は答えた。


「必要ないからね」


恐怖が絶望に変わり、芽衣の目からどっと涙が溢れ出した。


――殺される。


バスルームの床に膝をつき、必死で距離をとろうと壁際まで後ずさる。


暁はしゃがみ込み、優しく微笑みながら近づいてくる。


「やめて」


叫んだ芽衣の髪を優しく撫でて、


「どうしたの?そんなに泣いて」


「殺さないで。お願い」


回らない舌で必死で懇願すると、暁は目を丸くした。


「殺す?俺が?君を?」


きょとんとしているので、芽衣は状況が飲み込めずに目を白黒させた。


「どうして俺が君を殺さなくちゃいけないの?そんなひどいこと、俺にできると思う?」


大人が子どもを諭すような口調で尋ねられ、芽衣は必死で口走る。


「だって、お姉ちゃんが」


暁の目が優しく細められた。


「由衣が?」


「桐生さんに近づくなって。私は桐生さんに利用されてるんだって。私……お姉ちゃん……」

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