第145話
由衣と手を携えて事務所に向かうと、門田悟弁護士は寛容な笑顔で迎え入れてくれた。
「お帰り」
「このたびは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
高遠が言い、隣で由衣も頭を下げる。
「とにかく入って。話は中で聞こう」
通された応接間のソファーに向かい合って腰かけると、門田は改めてじっくりと由衣と高遠を眺めた。
「よく無事に帰ってきたね」
優しく言って、コーヒーを一口飲む。
「いろいろとご無理を言って、すみませんでした」
高遠は言い、由衣が物問いたげに彼の横顔を見た。
「安藤比呂さんに会ったよ」
打ち明けられて、由衣の瞳が硬化する。
「元気に暮らしておられたよ。奥さんとお子さんと一緒に。とても幸せそうだった」
高遠が述べると、由衣は「そう……」と呟いたきり、唇を噛みしめて何も言わなかった。
「これから、どうしていくの」
門田に尋ねられ、答えたのは高遠だった。
「とりあえず、俺のマンションで一緒に暮らします。仕事を捜して働いて、生活の基盤をつくっていこうと」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだよ。分かるだろう?高遠君。僕は君の、覚悟を聞いているんだよ」
思いがけず鋭い瞳で門田は切り込んだ。
隣で由衣が息を呑み、不安げに瞳を揺らしている。
門田の表情から柔和な笑みは消え、今は息の詰まるような圧迫感が肉薄してくる。
ごまかしやその場しのぎは許されないと悟り、高遠は本心を口にした。
「今すぐということは確約できません。でも近い将来、俺は由衣さんと結婚したいと思っています」
驚いたように由衣が顔を上げた。
寝耳に水の事態なのだろう、半開きになった唇と寄せた眉が困惑を物語っていた。
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