第175話 ※芽衣視点

何が起こったのか理解できず、倒れた姉の首から溢れ出す血を芽衣は茫然と見つめている。


その肩や胸元を、点々と鮮やかな返り血が彩った。


「お姉ちゃん……?」


目を大きく見開いたまま、由衣はベッドの上でぴくりともしない。


まるで人形のように横たわっている。


芽衣の視線が由衣から、銃を構えている暁のほうへと移った。


暁はとどめを刺そうと近づき、由衣の背中目がけて二発、銃を発射した。


銃声が耳元で弾け、芽衣は呼吸すらできずその場に硬直した。


けたけたと笑いながら、暁は血を流し、体に穴のあいた由衣の姿を見つめている。


彼の太腿はタオルできつく縛り上げられ、どす赤く血が滲んでいた。


まだ事態を理解できずにいる芽衣に、暁はこの上なく優しく語りかけた。


「見て。死んでるよ」


汚れのない純粋な瞳が、こちらを見つめている。


麻痺した思考のまま、芽衣は変わり果てた姿の由衣をもう一度見下ろした。


「お姉ちゃん……?」


うつ伏せになったまま、由衣は返事をしない。


「死んじゃったね」


歌うように暁は呟いた。


猛烈な血の匂いが室内を満たしていたが、芽衣はそのことにすら気づけないほどパニック状態だった。


どうすればいいのか分からなかった。


泣けばいいのか叫べばいいのか、怒ればいいのか逃げればいいのか。


目の前で起こっているのはフィクションで、現実は遠く離れた場所にあるような感覚だった。


自分の魂が自分の体から遊離しているような。


「由衣が死んで寂しいけど、これからはずっと一緒だ」


暁は芽衣の手首の拘束が解かれているのを見て、ベッドサイドの棚から新たな結束バンドを取り出す。


「ずっと一緒にいられるよ。もう僕らのそばからいなくなることもない。これからは由衣と芽衣と僕の三人で、静かに暮らすんだ」


芽衣は由衣の顔から目を離せなかった。


目を見開き、唇を半開きにしたままの姉の姿。


何かを必死で訴えかけている、その表情。


姉はここに、自分を助けに来てくれたのだ。


だから――私は、ここから逃げ出さなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る