第133話 ※薔子視点
スマホを持っていない由衣だったが、その気になれば110番通報する機会くらいはあった。
彼だって一晩中起きているわけにはいかないし、部屋を留守にすることは多かったのだから。
警察を呼ばなくても、門田に助けを求めることくらいはできたかもしれない。
でも、そうしなかったのは、怖ろしいことに、一緒に暮らすうちに情のようなものが芽生え始めてきたからだ。
桐生暁から逃れてみて初めて、由衣は自分で蓋をし続けてきた心に向き合っていた。
決して自分を本当の意味では愛さない男、人を痛めつけることでしか自分を確認できない男。
そんな最低の男でも、由衣を初めてあれほど求め、受け入れてくれた他人だった。
それは事実だ。
三年もの間、あの狭い空間で、ほとんど彼としか接触してこなかったせいもあってか、無意識のうちに彼を愛し受け入れようとする自分がいた。
彼は悪くないと、その行動を正当化しようとする自分がいた。
だって、そのほうが楽だから。
被害に遭っているんだと考えるより、自分は彼を愛していると思い込んでいるほうが傷は浅くてすむのだから。
そこまで考えて鳥肌が立った。
そう、これは彼が与えた呪い――人間を極限まで追い詰め、選択肢と自由をことごとく奪うことによって、自分の愛と庇護を求めずにはいられないようにさせる。
最初から、暁の目論見どおりなのだ。
ひどく穏やかな昼下がり、彼が独り言のように言った言葉が思い出される。
「由衣。お前はいつか、もしここを逃げ出しても、必ずまた俺のところへ戻ってくるよ」
やけに確信を持ったあの台詞が、何度も頭の中でこだまする。
振り切るように、由衣はがむしゃらに首を振った。
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