第132話 ※薔子視点
逃げようとした罰として最後にやられたのが太腿の傷で、刺したのはぎざぎざとした刃をした変な形のナイフだった。
あのときの激痛は今でも夢に見る。痛すぎて吐いたのは、あれが最初で最後だった。
血が噴き出してなかなか止まらなくて、ベッドの上が血だらけになった。
そろそろ死ぬなと思って目を閉じたのに、どう処置したのか目覚めたら血が止まっていた。
這って歩くことしかできず、まともに立てるようになるまで一ヶ月はかかった。
どうして自分ばかりがこんな目に遭うのだろう。
考えると余計に泣けてくるので、声を押し殺して泣くすべを覚えた。
感情にコンクリートで蓋をして、心の叫びを素知らぬ顔で無視する。
死にたい。でも死ねない。芽衣に会うまでは。
脱走を諦めたふりをして由衣は慎重に振る舞い、用心深く機会を待った。
そして、それは唐突に訪れた。
監禁生活が始まって三年目の冬、年末の押し迫った時期に、暁がインフルエンザで高熱を出したのだ。
夜中に発熱して苦しみ出し、体温計で測ると熱が四十度あった。
うわ言で呼びかける暁をなだめ、由衣は暁の財布と携帯をつかんでタクシーを呼び、病院の緊急外来を受診した。
医師に事情を説明すると、身元の確認を求められる前に病院から姿を消した。
あっけなく解放された三年ぶりの空に、ちらちらと粉雪が降っていた。
それらは音もなく頬や髪に触れては、儚く消えていく。
銀行、コンビニ、役所、スーパー、カラオケ、喫茶店、学校、駅。
何もかもが懐かしく、歩いているだけで涙が流れた。
由衣は目を閉じて、少しだけ暁のことを思った。
身柄を特定される情報――身分証や郵便物の類だ――を、彼は由衣に用心深く隠していたが、三年も一緒に暮らしていれば自然とバックグラウンドというのは見えてくるものだ。
彼は由衣に嘘をつかなかった。
あまり口数の多いほうではなかったが、彼の発した言葉は全て真実だった。
嘘が嫌いなのは多分、彼が実の親に嘘をつかれ続けてきたからで。
何をしても幸せを感じられないのも本当、それは幸せを感じる神経が麻痺しているからだ。
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