第83話

「ちょっと待って」


地下鉄の駅へと続く階段を駆け下りる芽衣を、高遠は勢いよく追い上げていた。


「待ってって」


ようやく腕をつかんだのは券売機の前で、思わず力を込めすぎたせいか、芽衣は痛そうに顔を歪めた。


それを見て、慌てて腕を離す。


「ごめん」


乱れた前髪から額の傷跡が覗き、芽衣は慌てて指で髪を整えた。


そして左の二の腕あたりを右手でつかみ、ぎこちなく視線を揺らす。


不安定な光が瞳の中を乱れ飛び、出口を求めてさまよっている。


行きかう人波を避けようと、高遠は彼女を壁際に誘導した。


走っていたときはそうでもなかったが、止まった瞬間、背中にどっと汗が噴き出してくる。


呼吸も思ったより荒くなっており、整えるのに時間がかかった。


「芽衣ちゃんに、お姉さんがいたなんて知らなかったよ」


芽衣は水中にいるかのように、苦しげに眉を寄せた。


「ごめんなさい。せっかくついてきてもらったのに、いきなり席を立ったりして」


「俺はいいけど、門田さんには後でちゃんと謝ったほうがいいよ」


高遠が諭すと、芽衣は素直に「はい」と答えた。それから言った。


「姉といっても、何年も顔を合わせてないんです。お父さんとお母さんが死んだ後、別々の施設に引き取られたし、ほどなくして姉はそこから失踪したそうですから」


「じゃ、今は」


「どこで何をしてるのかも知りません」


早口でまくし立てるように芽衣は言った。


息が上がって、肩が弾むように上下している。


切羽詰まった瞳が胸に痛く、高遠はそれ以上の追及を諦めた。


大きく息をつくと、腰に手を当てて、


「これからどうしようか」


時刻は午後三時三十七分。


先ほどとは全く色彩と明度の違う声に、驚いたように芽衣が顔を上げた。


「せっかくだし、何かして遊ぼうよ。誰か呼んで、みんなでフットサルでもする?」


芽衣はぱっと顔を輝かせた。


「はい。あ、でも」


言いかけてためらうそぶりをしたので、高遠は微笑んで、


「でも、何?」


芽衣は両手を組み合わせ、おずおずと様子を窺うようにこちらを見つめる。


「言ってみなよ」


高遠が再度促すと、ようやくはにかんだ表情で切り出した。


「高遠さんに、お願いしたいことがあるんですけど」

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