第23話 ※薔子視点

***薔子視点***


「出勤前にわざわざありがとう」


そう言って微笑んだ老紳士ろうしんしに、薔子しょうこ淡泊たんぱくな声で言った。


「店には同伴どうはんだって言ってあるから大丈夫ー」


ホテルのロビーは、心地よい夕闇ゆうやみの薄暗さとざわめきに満ちていた。


高層階の全面ガラス張りになった窓から、紫と淡紅色たんこうしょくの入り混じった暮れなずむ空と、夕陽に照り映える都心のビル群を一望いちぼうすることができる。


老紳士の年頃は、六十代後半から七十歳ごろだろうか。


白髪を丁寧に整えてダークグレーの上等なスーツをまとい、知的な目に穏やかな表情をたたえている。


薔子のほうは純白のスーツにプラチナのネックレス、足元は茶色のパンプスという清楚せいそなお嬢様風のいで立ちである。


マホガニーの低いテーブルの上には、薔子のハーブティーと、老紳士のためのコーヒーが置かれている。


薔子は一口飲むと切り出した。


「で、あの子は?」


老紳士はとぼけたように、


「さて、誰のことかな?」


門田かどたさんったら、もうぼけちゃったのー?時間ないんだから手間かけさせないでよ」


前半部分はかわいらしく、後半部分は別人のように低い声で薔子は凄んだ。

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