第115話

「俺はもう用済みなんだと思います。だから、あいつの居場所なんて分かるはずもないし、分かったとしても会いには行かない。俺とあいつは別々の人生を生きていくんだって、最近やっとそう思えるようになりました。


……今はただ、あいつが、あの地獄よりもう少しましな場所にいることを願うだけです」


「恨んでないんですか」


高遠は言った。


「彼女に人生をめちゃくちゃにされて」


「恨みましたね」


比呂はにこっと笑った。笑うと目尻に皺が寄って、左頬にえくぼができる。


まるで、あどけない少年のようだった。


「手紙の返事がなかったときはさすがに腹が立ったし、裏切られたと思って、一時は正直殺してやりたいと思ってました」


出所後の二、三年は、本気で薔子を捜し回っていた時期もあるという。


「でも今はもう、憎んではいません」


「どうして」


言いかけたところに玄関ドアが開き、


「パパただいまー!」


明るい大声が響き渡ったかと思うと、小さな女の子が比呂のほうに向かって突進してきた。


クリーム色のTシャツにピンクのスカート、ぷにぷにした腕がかわいらしい。


「こんにちは」


と言って後から入ってきたのは、比呂と同じか少し年上くらいの女性だった。


手にはスーパーのビニール袋を抱えている。


「パパ。香織ね!パパにビール買ってきってあげたよ!」


抱きついた比呂の腕の中で、足をばたばたさせながら少女は言った。


「おお、ありがとう」


と言って、比呂は彼女の頭を撫でている。

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