第45話



――新宿のあの交差点を通ると、今でも体が固まる。


それでも行かずにいられないのは、そこにまだ母親の思念しねんが残っているように思うからだ。


毎月の月命日つきめいにち、墓参りをした後は必ず交差点に寄る。


それは約束だった。


高遠が、ほかならぬ自分と交わした、たった一つの。


花は供えない。ただ、しばらくそこに立って瞑目めいもくする。


語りかけることはしない。ここに母が眠っているわけではない。


ここはただ、母が命を落とした場所であるにすぎない。


事故現場の近くに歩道橋があり、そこから二車線の道路を見下ろしながら、テールランプが蛍のように明滅し、列をなして流れてゆくのをぼうっと見つめている。


辺りは夕闇。事故があったのもこれくらいの時間帯で、その日は雨が降っていた。


全ては終わった。


流された血は拭われ、傷つけられた体は荼毘だびに付され、高遠は治療を受け、罪を犯した人間はしかるべき罰を受けた。もう二十年近くも前の話だ。


それでも、いまだにどうしようもなく体が震えて眠れない夜や、子供のように泣き叫びながら飛び起きる朝がある。


みじめで情けなくて、自分が嫌になる。

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