キマリの餌

「次の授業はここでやるから紙を一枚ずつ取っておいてくれ!」

『はい!』


 メアレーシが紙の束を台の上に乗せて言う。すると、皆はしっかりと返事を返した。

 アトラスは皆に倣って、メアレーシが用意した紙の一枚を手に取り、木炭を一本拝借する。

 そこへ丁度メアレーシが戻った。しかしその様子は不格好で、メアレーシは土塊を固めたような板を担いで持っていた。


「それじゃあ授業を始めるよ! 起立! 礼! 着席!!」


 メアレーシは土くれの板を壁に立て掛けて、どこからかともなく細い木の枝を取り出した。そのまま枝で土を削って図形を描き始める。


「今回は数学についてだね! 数を扱う上で大切になる考え方だけど、今日は儀礼で用いられる図形について見せようと思う!! まずはこれだ!」


 メアレーシは十字線を引き、図形を書き込む。土に彫られた図形は円を潰したような図形だ。


「これが何の図形か分かる人! 手を挙げてくれ!」

「それじゃあ、ヒメカ。答えてみようか!」


 少数ながら手が挙がる。その中にはヒメカの姿もあった。編入して間もないためか、メアレーシはヒメカを指名。


「それは楕円です。円の軸のうち、片方を拡大または縮小させることで得ることができます!」

「文句なしの大正解だ! ヒメカが言ったとおり、これは楕円といって僕たち殻人族にとっては大きな意味を持っている。僕たち殻人族が大きな誓いを立てるとき、誰もが甲殻武装を引き抜いて楕円を描くように甲殻武装を動かすんだ」


 メアレーシはそれを言い終えると、不意に手が挙がっていたことに気がつく。そしてメアレーシはその生徒の発言を促した。


「メアレーシ先生は何かに誓いを立てたことはあるんですか?」

「うーん、そうだな……」


 メアレーシは少し迷う素振りを見せると、こう答える。


「僕なら生徒たちにものを教えたり、守ることを誓うかな?」

「なんだ、誓ったことはないんですね」

「なんだよー! やったことないのかよー!!」

「それってもしかして……ヘタレ?」


 生徒は口々に言う。どれも悪口に聞こうと思えば悪口になる言葉ばかり。


「おい最後、最後はどうした? 明らかに悪口だろう」


 メアレーシは怒った素振りを見せる。しかし口元はにやけていて、本気で怒っている訳ではなさそうだ。


「でも先生、先生は誓ってないんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……そのうち、な?」

『えぇーーー!!』



 ***



「はあ、やっとご飯の時間だ!」

「そうだなアトラス、食堂へ行こうぜ!!」

「うん!」


 無事授業が終わり、アトラスとギンヤはため息をついてご飯を食べるための場所、食堂へ足を運んだ。食堂は大樹の根元の部屋にある。

 アトラスが食堂の中に入ると、そこはかなりの賑わいを見せていた。沢山の人集りができていて、食料の種類によって、置いてある場所が異なっている。


「うおおぉおぉぉぉおぉぉ!! すごいな……!」


 アトラスは思わず感嘆の息を漏らす。

 学校の他クラスの生徒たちや先生たちの姿があちらこちらにあって、皆揃って大きな葉を手に持っていた。

 そしてその葉の上に食料を乗せて、食卓でそれらを食す。


『あぁー、うんめぇ~~~!!』


 皆、口元は綻ばせていた。


「よし! 俺らも食べよう!」

「うん。でも、どうやって食べるんだこれ?」


 そう言ってアトラスは皆が食料を取っている場所を指差す。


「あ、ああ……。あれは手を突っ込んで直接つまむんだよ」

「へぇー、そうなんだ!」


 そしてアトラスは生徒たちが集まるその場所へ向かおうと──


「うん? あれ? キマリ、どうしたの?」


 アトラスの進行方向の先にキマリが特徴的な両腕を広げ、道を阻んでいる。良く見るとその顔は少し不機嫌そうだ。


「ギンヤ、嘘をついちゃだめ」

「えっ? 嘘、嘘なのか?」

「ああ、キマリにはばれてたかー」

「ばれるも何も、皆大きな葉っぱにご飯を乗せてる。アトラスもアトラスで悪い……これは常識」


 キマリは少し抑揚のない口調でアトラスにも注意をする。嘘をついた張本人のギンヤは言わずもがな。


「取り敢えず? 世間知らずなアトラスも一度やればわかること。だから、行こ?」


 キマリは手を差し出してアトラスはそれを握る。すると、キマリは無表情ながらも微かに笑ったように見えた。


「それじゃあ行こう。何事もやってみないと分からないぞ、アトラス!」

「ギンヤ、それをお前が言うなよ」


 アトラスは呆れたような目をギンヤへ向けた。


『それじゃあ、いただきます!』


 アトラス、ギンヤ、キマリの三人は遂にお昼ご飯にありつく。アトラスは腐葉土を、ギンヤは木の蜜と柔らかな葉のセットを、そしてキマリは──大量の葉を口に詰め込んでいた。


「なあキマリ、そんなに葉っぱを食べてて……楽しいか?」


 ギンヤは思わずキマリに尋ねてしまった。


「(むしゃむしゃ)おいひぃ……(むしゃむしゃ)ごくり。うん、美味しいよ? 本当は小さな虫が好きだけど、ここでは食べちゃいけないから……葉っぱについてるとても小さい虫を食べる。……ごくり」

「えっ!? 何言ってんのお前!? 怖ぇえよ!」

「だって昔はこの腕で小さな虫を捕まえてそのままかぶりついてた、から……」

「いや、それもっと怖いこと言ってるからな? 自覚してんのかよ!?」

「ん、もちろん。でもトンボたちも皆、虫食べてるでしょ?」

「いや、俺たちの祖先は確かに雑食だけど、俺はあの殻を噛み砕く感覚がなんか嫌なんだよ!」

「そういえば丁度、ギンヤの翅とか美味しそう……じゅるり」


 キマリは舌なめずりをしてギンヤの二対の翅を凝視している。口から涎を垂らしてしまうが、キマリはすぐにそれを啜る。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! 誰か……って、おい! 助けてくれよアトラス!」

「いや、俺にそんなこと言われても……」


 アトラスもキマリの好物にはかなり驚いていたが、ギンヤが食べられようとアトラスには関係のないことだった。


「さっきみたいに嘘をつくようなら、一度食べられたほうがいいのかもね」

「アトラス、お前……」

「まあ、『森』のルールでギンヤを食べることは、できないから。だから、安心して」

「できるかっ!!」


 ギンヤ、即答であった。


「だいたいなんで俺の翅を……!」

「だって、美味しそうに見えたから」

「やっぱ怖ぇえ!! なあアトラス、どうにかしてくれよぉ」


 ギンヤはもう既に涙目で、情けない顔をしながらアトラスにすがる。地面にしゃがみ込み上目遣いで手を握るギンヤに、アトラスは頭を抱えた。


「もう、編入早々になにをやっているのよ! アトラス!!」


 丁度、アトラスの背後から声がかかった。


「ん? あ、ヒメカ」


 嬉しそうにアトラスはヒメカの名前を呼んだ。そしてアトラスはヒメカに手を振る。


「なによ。って、どうして大袈裟に手を振ってるのよ!?」

「友達に手を振るのは当然だろ。で、どうしたんだ?」


 その瞬間、ヒメカの顔に血が上り、緑色に染まった。


「ッ~~~!? もう、アトラスは馴れ馴れしすぎるのよぉ……! アトラスの、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 ヒメカは訳も分からずに逃げ出してしまう。残ったアトラス、ギンヤ、キマリは口をぽかんと半開きにして十数秒。


「うん? ヒメカはなにがしたかったんだ……? そんなに馴れ馴れしくしてたかな?」


 アトラスは一度首を傾げると、そのままお昼ご飯の腐葉土をすべて口に詰め込んでごくり、と飲み込んだのだった。

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